少年ジャンプ創成期を築いたマンガ②1970年代

少年ジャンプが創刊されたのは1968年のこと。はじめは月刊誌として発行していましたが、発行部数が多くなるにつれ週刊誌へと移行。

1970年に入り部数を順調伸ばしていた少年ジャンプでしたが、一時低迷時期に入ります。それまで牽引してきた『男一匹ガキ大将』が終わったこともあり、さまざまな試行錯誤をしていた時代。

手塚治虫を起用したのもこの頃。71~72年にかけて読み切りシリーズを載せていたりしてます。その後『アストロ球団』あたりから部数が盛り返していきます。

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1970年代(70~73年)

アストロ球団

アストロ球団 遠崎史朗 中島徳博

昭和29年9月9日、九人の少年がこの世に生をうけた。彼らの体には、世界最強の野球チームを夢見ながら戦死した沢村栄治の血が脈打っていた!その意志を継いだJ・シュウロは、九人の超人を探していく

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現在のジャンプパターンの基礎になったといっても過言ではない名作。3代目ジャンプ編集長の西村繁男氏の著書『まんが編集術』の中で「ジャンプのまんがづくりの原点」なんて書いていて、後のジャンプ作品に大きな影響を与えたようです。ギャクマンでは決してない!

この時期の連載にはそのほか『侍ジャイアンツ』や『荒野の少年イサム』といった野球マンガが充実していました。

ぼくの動物園日記

ぼくの動物園日記 飯森広一 西山登志雄
子供の頃から動物が好きで好きでたまらず、動物のために生きることを決意し動物園の飼育係の仕事に就いた西山としお。しかし、それは想像以上に厳しい仕事だった。失敗を繰り返す中で、としおは一人前の飼育係に成長していく
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原作者の西山登志雄さんが上野動物園で働いていた頃をモデルに描いた作品。かば園長の愛称で親しまれテレビにもたびたび取り上げられていたようです。のちに東武動物公園の園長に就任しています。

ほのぼの系漫画で、読者を選ばず多くの子供達に読まれていた作品。当時の人気ランキングでも10位以内にはいつも入っていた。

プレイボール

プレイボール ちばあきお
墨高に入学した谷口は、中学時代、全国野球大会で優勝の経験を持つ。しかし、その時の骨折が原因で、指が曲がり、ボールが投げられなくなってしまった。野球への情熱を捨て切れないまま、サッカー部の勧誘を受けるが
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兄ちばてつや氏のアシスタントをしながら東映動画のアニメーターとして働いていたが、月刊少年ジャンプで『キャプテン』が連載、その後週刊少年ジャンプで『プレイボール』がはじまる。

どちらの作品も大ヒットになるんですが、当時の人気は『キャプテン』のほうが上だったようです。この作品で小学館漫画賞を受賞。兄てつや氏のアシスタントをしていたものの、絵のタッチは独自のスタイルを持っていた。

その後躁鬱病を患い41歳のときに自殺。

包丁人味平

包丁人味平 ビック錠 牛次郎

日本料理の名人 五条流相伝者 塩見松造を父に持つ塩見味平は、高校進学を断念し、コックの道を志す。味平は洋食店「キッチン・ブルドッグ」の板場でしごかれつつ、様々な料理対決を通して成長していく

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料理格闘マンガの元祖と言われている作品。最近ではコンビニコミックとして出版されていたりします。

ダイナマイトで肉を解体したり、自分の汗で潮汁を作ったりとwかなりムチャクチャな料理バトルマンガなんですが、その後『鉄鍋のジャン!』や『真・中華一番』などの作品に受け継がれていきました。

ちなみに原作者の牛次郎氏は臨済宗の僧侶となり、願行寺(がんぎょうじ)の住職になっています。

1970年代(74~76年)

サーキットの狼

サーキットの狼 池沢さとし

「ロータスの狼」と呼ばれる一匹狼の走り屋でスピードに命を賭けた男・風吹裕矢(ふぶき・ゆうや)が、宿命のライバルたちと繰り広げる凄まじいデッドヒートをダイナミックに描いたカーアクション巨編

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スーパーカーブームの火付け役となったマンガ。チビッ子の間ではスーパーカー消しゴムが流行り一大ブームに。膨大な情報量がつめこまれた車情報マンガ。70年代ジャンプ最大のヒット作。

それまでの主な読者層であった小中学生から、ミニュチュアカーなどの関連商品から入った幼稚園児といった低学年の読者層の取り込みに成功。ただ発行部数はまだ200万部に届いてはいない。

ドーベルマン刑事

ドーベルマン刑事 武論尊 平松伸二
警視庁特別犯罪課に所属する「ドーベルマン」と呼ばれる刑事・加納錠治の活躍を描いたハードボイルド・アクション。ハイジャック事件を起こし、乗客全員を人質に取った犯人・三杉は、かつて自分の片腕を銃で吹き飛ばした加納の身柄を要求する
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内容はかなり過激なストーリーでしたが原作が武論尊ということで妙に納得。作画の平松伸二先生は高校を卒業したばかりで、進学せず漫画家になったときの初作品。

武論尊先生はヒット作もまだなく鳴かず飛ばずの頃で、この作品が初のヒット作となります。展開に迷ったときA案・B案・C案と3つの結末考え、この中から使ってくださいと提案してたんだとか、週刊でこれはスゴイ。

東大一直線

東大一直線 小林よしのり
お灘中学校に転校して来た、「どう見てもアホ」な主人公・東大通(とうだいとおる)。自分を天才と信じて疑わない東大通は「東京大学以外、大学じゃない!」と東大目指して一直線!当時の受験戦争を痛烈に風刺したギャグ漫画。デビュー作品
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福岡大学在学中に赤塚賞受賞をきかっけに少年ジャンプで連載開始。当時の画力はお世辞にも上手とはいえなかったが、受験をテーマにしたギャクマンガは時代を象徴する作品として人気となった。

ジャンプの専属制に反発しその後フリーとなり、以後、コロコロコミックで連載した『お坊ちゃまくん』が大ブームとなる。またSPA!で連載していた『ゴーマニズム宣言』で社会派に転向。

こちら葛飾区亀有公園前派出所

こちら葛飾区亀有公園前派出所 200 秋本治
『週刊少年ジャンプ』42号(集英社)と同時発売のコミックに掲載された最終回で大団円を迎えた国民的人気漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の最終200巻!!「40周年だよ全員集合の巻」など、大増量21編収録! 400Pの超ボリューム!!
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こち亀が連載当初のペンネームは秋本治ではなく山止たつひこ(やまどめ たつひこ)で活動。これは『がきデカ』の作者山上たつひこをもじったもの。警察モノ+ギャグマンガとジャンルがかぶっていたことから一種のパロディとして使用していたようです。

9月17日。こち亀40周年、200巻発売。そして、こち亀連載終了の日。秋本治先生のメッセージと両津巡査長による40年分の年表をご覧ください。

少年ジャンプ史上最長連載記録を残し、2016年9月17日42号をもって連載終了。40周年、単行本200巻まで続いた。

あとがき

1976年までのマンガをザーーッと紹介してきました。少年ジャンプ連載陣の層もかなり厚くなり、70年代中期ごろからしだいに少年誌といえば少年ジャンプと言われるようになってきた頃じゃないでしょうか。

ただ、まだ販売部数は200万台には届いていないんです。200万台になるのは翌年77年から。いわるゆジャンプ黄金時代の到来になります。いままでひっぱてきた漫画家陣に加えて、鳥山明をはじめとする漫画家たちぞくぞくと連載を持ちはじめていく時代。

というわけで、次回は少年ジャンプ黄金期と題して1977年以降の作品を紹介していこうと思います。

まだまだ続きますよ!