ちょっぴり?アウトローな蛭子能収人生訓が面白い!|ひとりぼっちを笑うな 蛭子 能収

ひとりぼっちを笑うな

地のままで生きていくことで漫画家として、芸能人としてもなんとかここまでくることができたという蛭子さん。

お世辞や建前にバカバカしさや面倒さを感じることはあるけど、そうしないと多分もっと面倒なことになるからみんなそうしている。

じゃあ、もっと面倒なことってなにかな?

多分、周囲の評判だとか、体裁だとか、そんな感じ。

じゃあ、その評判とやらにキズがついたらどうなるんだろう?

多分、会社の出世に響いたり、子どものママさんグループの噂のネタにされたり・・・

やっぱりみんなが右を歩いているのなら、ぼくも右を歩きたくなってしまう。そのほうが安心だから。

でも蛭子さんは、そんなのは自由じゃないという。そんな生き方は楽しくないんじゃないかなっていうんだ。

そんな蛭子さんの人生論をちょっと覗いてみようと思う。あと、この本を読んでも分かるけど、蛭子さんはテレビでみるような「やさしいおじさん」というイメージは持たないほうがいいよ。

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ぼくには友だちがいない

子供の頃から一人でいることが多かったという蛭子さん。少なくとも本人は今まで一人でいることに「淋しい」と思ったことはないといいます。

そして、その理由の一つにグループに入らないという蛭子さんなりのポリシーが子供の頃からあったようです。

これまで生きてきたなかで、なるべく、”群れ”の一員にならにように、”グループ”には入らないようにと常々意識してきました。
出典:ひとりぼっちを笑うな 蛭子能収 [kobo]

グループに入ることによって、誰かに束縛されるのが大嫌いといいます。とにかく、「自由」でありたいというのが蛭子さんの人生訓。

学校でも会社でも地域でも、そして蛭子さんは友人であっても、自分が自由にならないのであれば、一人でいるほうがよっぽどましだといいます。

たしかに理解できなくはありませんよね。学生時代を思い浮かべてみても、「友達」とはいっても何かしらの優劣というのはあるのは仕方ない。

特に日本人は本音と建前というものがあるので、たとえ友だちであっても「コイツが言っていることは腹の底からの本心なのか?」と思ったことは一度や二度はあるはずです。

でも、それが人間なんだから、なんとか折り合いをつけて生きていくしかない。でも蛭子さんは「一人ぼっち」でいることを選んだ。グループに入って自分が意図しない役割を演じるのなんて真っ平ごめんというわけなのだ。

葬式が喜劇に見えてしまう

多分このエピソードは、たけし軍団の水道橋博士が話しているのを聞いたことがある人もいるんじゃないでしょうか。

葬式に行くとどうしても笑ってしまい、周囲から変な目で見られてしまうという仰天エピソード。

実は、このエピソードについて蛭子さん本人が書いているんです。

葬式みたいなものに参加して一生懸命に周囲と同じように振る舞おうとしている自分のことが、おかしくなってしまうっていうことなんです。
出典:ひとりぼっちを笑うな 蛭子能収 [kobo]

一見するとこうした感情というのは理解し難いのですが、さきほど挙げた「クループに属さない」という考えとどこか似かよっているように思いませんか?

多分蛭子さんにとっては、どんな状況であっても自分に嘘をつきたくないというポリシーがあるのかもしれません。

なによりも自由な自分を優先するわけですから、葬式のようなある意味慣習的な行事を「建前」と認識しているようにも思えます。

蛭子漫画の片鱗をみたような気がした

グループに入ることによって、そこにヒエラルキーが生まれリーダーが生まれる。そのグループの関係が良好であればいいのだが、一度歯車が狂いだすと、「いじめっ子」と「いじめられっ子」の構図が生まれてしまう。

端的に言えば蛭子さんのグループのイメージはこんな感じではないでしょうか。そして、面白いのが、この思考の考えを突き詰めていったとき「死」というものを強く蛭子さんは意識しているように読んでいて思った。

一度誰かに悪意をもたれたら、最後は殺し合いになる。とても極論に聞こえるかもしれないけど、そういったことが日々起こる時代です。
出典:ひとりぼっちを笑うな 蛭子能収 [kobo]

この本では時事的なニュースにも触れているので、最近の残忍なニュースの流れでこうした論調になってはいるのですが、本書では「殺す」といったネガティブなワードが何度か登場していたのが気になりました。

ただ、蛭子さんの漫画を読んだことがある方なら、彼のエログロさやシュールなタッチを知っているはずです。漫画をフィルターとして蛭子像というのを見てみると、意外とすんなり理解できるかもしれない。

以前書いた蛭子漫画の紹介記事です。この機会にぜひ!

友達を作るくらいなら家族を作れ!

この本では蛭子さんの学生時代の頃のエピソードも描かれています。高校時代に知り合った唯一親友と呼べる友達であっても、その後の進路の違いから、嫉妬しはじめていく心境の変化が書かれています。

こうした、出来事もあって彼のなかでは、親友というのも必ずしも信頼できるものではないという結論にいたったのかもしれません。

「友だち」なんて、結局いつかはささいなことで離れるもの。「友だち」を作る努力をするくらいなら、「家族」を作る努力をしたほうがいい。
出典:ひとりぼっちを笑うな 蛭子能収 [kobo]

をしろということなんでしょうか。なんだか、蛭子さんらしからぬアドバイスですが、もしあなたが一人で淋しくても、たとえ周囲からバカにされたり、イジられていたとしても、愛する人が一人いれさえすれば平気なんだよといいます。

これは矛盾した話に思えるかもしれないけれど、愛する人がそばにいるからこそ、僕は安心してひとりぼっちでいられるんです。
出典:ひとりぼっちを笑うな 蛭子能収 [kobo]

タイトルには「ひとりぼっちを笑うな」とありますが、なにも一人で孤独に生きていくススメでもなんでもありません。

友達とつるんでも、ひとりぼっちでも、それぞれ十人十色の人生があり、バカにする必要なんてどこにもないし、そのままでいいんだよという、きれいなスマッシュを決めて終わっていました。

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小さな頃から「分相応」的なものに自分らしさを感じ、「他人に害を与えない」ことを一番大事に考えてきた。友達だって少ないかもしれないけれど、別に悪いことでもないと思う。蛭子流・内向的な人間のための幸福論。
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