ジブリ映画「思い出のマーニー」のラストを探る!

思い出のマーニーが公開されたのは2014年なんだそうな。この年、ジブリ以外からも傑作が生まれたのは記憶に新しい。

そう、ディズニーの「アナと雪の女王」。アナ雪の超絶大ヒットによって「思い出のマーニー」が霞んでしまいあまり脚光を浴びなかったように思います。

私も見逃した1人でやく観たんですが、ラストの展開やアンナの不器用な感情表現、自己否定からの克服は涙ものでした。すんばらしい作品!!

注意!ネタバレあり考察&レビューです>

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心を閉ざした少女

主人公は人間関係が苦手な心を閉ざした少女杏奈(あんな)、冒頭では人間関係を内側と外側に分け、自分は「外側の人間」と表現していた。

場に入れない、空気が読めない、ノリが悪い、かみ砕いて言えばそんな感じでしょうか。とくに同世代との人間関係に悩み、「私は、私が嫌い」という杏奈の心の叫びが印象的だった。

思い出のマーニー
出典:思い出のマーニー © 2014 GNDHDDTK

たとえば夏休みを利用して喘息の療養のため親戚の家に行った時のこと。自転車に乗った地元の女の子とすれ違うシーン。

今まで鼻歌を歌っていた杏奈が少女に気付くと鼻歌をやめ下向いて歩く。ちょっとしたシーンなんだけど心の様子が十分すぎるほど伝わってきます。

その後1つ年上の信子と出会う問題のシーンへ。これはもう何もないわけがない、観てるコッチとしてもハラハラものですが、予想をはるかに超えた会心の一言に思わずプッと笑ってしまったw

思い出のマーニー
出典:思い出のマーニー © 2014 GNDHDDTK

ふとっちょブタ!!?

絶妙なあだ名ですが、状況は最悪、さらにここから杏奈の心がどん底に落っこちますが、マーニーとの出会いのきっけかでもあった、この杏奈の感情の起伏は山場の一つでした。

私は私のとおり、醜くて、バカで、不機嫌で、不愉快で、だから、私は、私が嫌い。だからみんな私を・・・

過去の嫌な記憶とともに自己嫌悪に落ちいってしまう。みんなが私から遠ざかっていく原因をすべて「自分のせい」にしていた杏奈。

杏奈の悩みの根本には「なんでみんな私から去っていくの」っていうトラウマ的想いがあることが分かります。そしてこの感情はいく度となく沸き起こっていきます。

そもそも保護者の頼子(よりこ)を信じられなくなったのも、杏奈に隠れて役所から養育手当をもらっていたことに対して「裏切られた」と感じたから。

彼女の境遇から考えると頼子もまた「私から去っていった」1人に見えたのかもしれません、しかしその負の感情は実は自分にも向けられていたりもします。

ここらへんが思春期の複雑な感情を表現していました。アイデンティティがまだ定まっていないというか、そんなイメージ。ただ「自分が嫌い」って感情は、同時に「自分を変えたい」という感情もあると思うんです。

結局、心を閉ざしたい子供なんて1人もいないわけで、みんな仲良くなりたいに決まってる。でも悲しいかな色んなな理由で閉じちゃうんだよね、分かる。

こういう時期は誰しもあったはず。

マーニーの思い出

結局、杏奈にとってマーニーとはなんだったのかというのが一番気になるところだと思います。個人的にはマーニーの記憶を孫の杏奈が追体験したんじゃないのかなというのが私の解釈です。

思い出のマーニー
出典:思い出のマーニー © 2014 GNDHDDTK

たとえばマーニーが杏奈に親戚の大岩夫婦のことについて聞くシーンで、急に視界がぼやけて何も言えなくなってしまいます。このシーンではマーニーの記憶にはない出来ごと(思い出)は再現されないことを表現していたのかなぁと思います。

杏奈がパーティーにお呼ばれされたのも、マーニーの日記から湿っ地屋敷で催されたパーティーに花売り娘がいたことが書かれていたので、杏奈は追体験することができなのではないか。

思い出のマーニー
出典:思い出のマーニー © 2014 GNDHDDTK

2人でサイロ(飼料貯蔵庫跡)へ行ったときもそうですよね。杏奈は今度は自分の家に来てほしいと言った時「湿っ地屋敷から離れられない」と言っていたけど、サイロには行くことができた。

これも日記に書かれていました。マーニーは和彦(かずひこ)と一緒に一度サイロにいったことがあったから杏奈の誘いを受けることができた。ただここで一つ疑問が湧きます。

今までマーニーの思い出の中で「杏奈」と呼んでいましたが、サイロのときは和彦と杏奈を混同していました。そして最後は杏奈を置いてけぼりに和彦とサイロを出ていってしまった。

夢の終わり

この辺の解釈はさまざまだと思うけど、私としては杏奈がマーニーの思い出に干渉しだしたからではないかと思います。

作中では杏奈の幼少期の回想シーンが登場しますが、このとき気になったのが青い服を着たブロドンヘアーの人形をいつも抱っこしていたこと。

思い出のマーニー
出典:思い出のマーニー © 2014 GNDHDDTK

この人形が着ている服ってマーニーが着ていた服と似ているように思いました。人形を抱っこしている回想は2回登場しているんですが、最初ははじめてマーニーと出会う前、ちょうど信子にあだ名を付けた後の回想シーン。

この頃のマーニーは寝巻姿やピンクのパーティドレス、緑のワンピースを着ていますが、サイロ以降の服はスカートのすそにヒラヒラが付いている青いワンピース、人形の服と似ていました。

これはマーニーの思い出のなかに杏奈の幼少期の記憶が干渉しはじめている描写、つまり杏奈が現実へと引き戻されつつある様子を描いていたように思います。最後の2人の再会シーンは象徴的ですよね、明らかに2人の出会いを幻想(あるいは夢?)として描いてしました。

だってベットの上で高熱でうなされる杏奈の映像とすり替わるようにマーニーとの出会いを描いていたわけですから。

思い出のマーニー
出典:思い出のマーニー © 2014 GNDHDDTK

湿っ地屋敷でのマーニーとの最後のやり取りはメイドが設えた窓の錠鍵を壊して開け広げ「杏奈愛してる」と最大級の告白をします。

このとき杏奈はベットの中でうなされていたことは忘れてはいけません。あの場面はマーニーの思い出の追体験とは違うように思います。どちらかというと杏奈の夢にマーニーが追体験するという一種の逆転現象が起こっていたようにも思います。

「なんでみんな私から離れていくの」という杏奈がずーーーっと抱えていた悩みにマーニーはしっかりと答え、杏奈も全身全霊で受け入れた。それをきっかけに杏奈が変わっていきました。

どうして裏切ったの、どうして私を置いていったの、という疑問は両親の事故死から杏奈の心にくすぶっていた疑問であり心を閉ざした理由でした。

それがあの時一気に噴出したように思います。杏奈はそれらを含めて許した、というか許せるようになったんでしょうね、最後のマーニーの笑顔は杏奈の心の状態も表現していたと思います。

心の扉をあけ放ちスッキリした、そんなシーンに感じました。窓を杏奈の心の投影として表現していたのかもしれません。

杏奈と伏線

マーニーの孫が杏奈という関係でしたが、杏奈は思いっきり日本人顔。詳しい家族構成は描かれていませんが、マーニーの父親が外国人、母親が日本人に見えました。

となるとマーニーはハーフってことになり、その孫の杏奈はさらに影響は薄くなるので一見すると分からなかったのでしょうね。

ただ、作中では杏奈が描いたマーニーの横顔から丘を駆け下りる杏奈の横顔へ変わっていく描写もあって、面影を杏奈に重ねる演出をサラリとしていたのは明らかな伏線でした。

杏奈がいつも身に付けていた髪留めが実はマーニーの形見だったというラストも泣けました。まさにマーニーの愛が生んだ奇跡。

引用画像
思い出のマーニー(DVD版)米林宏昌 2014 GNDHDDTK
思い出のマーニー ジョーン・G・ロビンソン
出版社: KADOKAWA/角川書店
言語: 日本語
ISBN-10: 4041020719
発売日: 2014/7/10

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KaoruAnatu
毎夜カタカタ投稿している中の人。本とサブカルを中心に執筆中。独自視点でレビューが書けたらと思っている今日この頃