新曲「パンダにバナナ」で新境地をみせたCoccoのMVを彼女の著書からより深く理解してみる

パンダにバナナ

Coccoさんというと、どうしてもミュージックステーションで、歌い終わった後に走り去るイメージが強烈にある。「すごい歌手だな」と思った覚えがあるけど、久しぶりに新アルバムを出していたとは知らなかった。

それにしても、Coccoさんってもうアラフォーなのかぁ。なんだか時代を感じてしまうな。

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パンダにバナナ

出典:Cocco – パンダにバナナ 【MUSIC VIDEO】(short ver.)

Coccoさんの公式YouTubeチャンネルで2014年に発表された「パンダにバナナ」が、今までのイメージとはかなり違っていて素直に驚いてしまった。

タイトルからして下ネタで、歌詞の内容もかなり攻めています。

この曲を聴くと、MVも含めてエロティックさがびんびんに感じるのですが、彼女が2013年に出版した「東京ドリーム」を読んでみると、もっと深く突っ込んだら、彼女の伝えたいことが分かるかもしれない!ということでこの本でパンダにバナナの意図するところを、勝手に邪推(的外れを前提に)していこうと思います。

さて、この本なんですが2013年の発表された曲「東京ドリーム」と同タイトルとなっています。

そのため、今回の「パンダにバナナ」の参考にはならないのでは?と思う方もいるかもしれませんが、実際に読んでみると、けっこうヒントになることが書いてありました。

それもそのはずで、この本が出版されてから「パンダにバナナ」が発表されるまでの期間が短いということで、最新アルバムと全く関係ないとはいえないからです。

東京ドリームが出版されたのは2013年の10月25日。そして、そのおよそ一年後に「パンダにバナナ」を含むアルバム『プランC』が発売されます。

そのため、アルバム制作期間を考慮すれば、十分に参考になる本なのは間違いない(数ヶ月の期間しか経っていないはずだから)。

出典:Cocco – 東京ドリーム2013.5.22 Short ver.

こちらが2013年に発表した曲「東京ドリーム」のMVです。

それからおよそ1年の時を経て、パンダにバナナが発表されるのですが、イメージが全く違っていますよね。「何があったの?」とファンならずとも思うはず。

そこで、新曲「パンダにバナナ」と著書「東京ドリーム」を結びつけてみると面白いんじゃないかと思ったわけです。

問題児

「パンダにバナナ」を考える前に、まずはCoccoさんの子供の頃の夢を知る必要があります。この本では幼少期についても触れています。それによると、Coccoさんはかなりの「問題児」だったそうです。

真っ青な空から太陽がジリジリと照りつける日のこと、学校でのテスト中、頭の中に音楽が鳴り響き、それに合わせて踊りだしたことがある。
出典:東京ドリーム Cocco p110

カンカンに怒った先生に連行された職員室でも音楽は鳴り止まず、制止を振り切って最後まで踊った私はナチュラルボーン変人ダンサー。言うまでもなく問題児だった。
出典:東京ドリーム Cocco p110

テレビの印象や歌のイメージから、自分の感情を内に閉じ込めてしまうタイプだと思っていたんですが、実際にはそうではないようです。

本書には彼女の私生活をつづったエピソードが書かれています。「自分勝手」「協調性がない」といった自己評価をしていて、内気というよりも、自分勝手さからくるネガティブなイメージを与えているようにも思えました。

いい意味で頑固、悪い意味で変人といったところでしょうか(本書を読む限りにおいて)。

バレリーナ

Coccoさんの子供の頃からの夢は歌手ではなく、バレリーナだったそうです(パイロットの時期もあったとか)。東京に上京してきたのも、憧れのバレリーナとして生活していくためだったといいます。

しかし、私の踊る場所はどこにも見つけることができなかった。ことごとくオーディションに落ちて、いつしかトウシューズを脱ぎ、ほかの生活に身を投じて、夢を夢見たまま、すっかり大人になってしまっていた。
出典:東京ドリーム Cocco p110

そういえば、2014年にCoccoさんが出演した舞台『ジルゼの事情』では、古典バレエの「ジルゼ」が原案でしたけど、今回の新曲パンダにバナナも、冒頭のシルエットはどこかバレリーナのチュチュをイメージしてしまいます。

彼女にとっては「シュシュ」や「トウシューズ」は憧れや夢が叶わなかった象徴のようなものだと考えると、このMVでは新しいCocco像というのを表現しようとしたのでしょうか。

少なくとも東京ドリームを読むかぎり、こうした憶測はできないことはない・・・と思う。

社交ダンス

パンダにバナナのMVで気になった人も多い「なぜに社交ダンス」という疑問。実はCoccoさんは2013年に社交ダンスをはじめていたことが、この本に書かれていました。

演出の一つとも思えなくもないですが、Coccoさんは子供の頃からダンスが好きだったこと、そして夢がバレリーナだったことを考えると、「ダンス」はただの演出だけの意味を持たないように思いませんか?

そして「社交ダンス」はもしかしたら、この曲を創作するときのヒントになっているのかもしません。

大人になってリードされるということがあるなんて思ってもいなかった。女性の人権や何だかんだが主張されるようになり、開放されればされるほど、女性は一人でハンドルを握るようになった。確かに、自由は何者にもかえがたい喜びでもある。
出典:東京ドリーム Cocco p102

リードされたいのなら、リードを受ける態度を整えておかなければならない。世の中はgive and takeだ。give(与える)ばっかりだとこぼす時は、自分がtake(もらう)という余白を持っていなかったともいえるだろう。Give,give and giveが好きだけれど、与えるばっかりじゃあ、いつかどこか空っぽになってしまう。
出典:東京ドリーム Cocco p102

「余白」というタイトルのこのエッセイでは、社交ダンスの魅力にはまり、友人のダンス教室に通うことになったエピソードが書かれています。

バレエもそうですけど、Coccoさんにとってダンスは特別な意味があるみたいです。

パンダと歌と

「パンダにバナナ」というタイトルですが、本書を読むと一応「パンダ」についての発言もありました。

なぜかな?私は絶滅してしまったマンモスや上手に交尾できないパンダのことなんかを考える。時代に選ばれたものや時代にしめ出されるもの。
出典:東京ドリーム Cocco p40

すべての根拠をこの本に求めるのは無謀ですが、この発言を今の音楽業界に照らし合わせてみると、けっこう感慨深いものがあるように思います。

久しぶりに新曲を発表したCoccoさんにとって、昔とは全くちがう環境の中で、どうやって歌を届けていくのか模索しているのかもしれませんね。その形の一つとして「パンダとバナナ」があるのかも。

よくわからない。切実に歌をうたっていれば届くというバトルフィールドでもないような気がする。
出典:東京ドリーム Cocco p102

そんなわけで、本書を読んで改めてこの曲を聴くと、やっぱり奥が深いと思う。Coccoさんの新曲をもっと深くまでカンじたい人は、本書をぜひ。

最後に、これらを踏まえてもう一度MVをどうぞ

出典:Cocco – パンダにバナナ 【MUSIC VIDEO】(short ver.)