時間の止まった世界を独特な感性で描くSFマンガ。作者は堀尾省太先生、月刊『モーニング・ツー』にて連載され2011年マンガ大賞では第8位に選ばれている。
2008年にはじまった刻刻も2014年に堂々の完結を迎え、その後番外編となる『刻刻300日後』が発売。後日談が無料で読めると話題になった。
あらすじ・ストーリー
佑河樹里(さかわじゅり)は就職活動中の28歳。ニートの父・貴文と兄貴・翼がいるものの平々凡々な暮らしを送っていた。だが幼稚園に通う甥・真と翼が誘拐されたのを機に状況は一変する。
誘拐された翼らを助けるべく、祖父は佑河家が代々受け継がれてきた止界術なる術を発動させ世界を止めてしまう。

出典:刻刻1 堀尾省太
▲佑河家に代々受け継がれてきた「止界術の石」に血を垂らすことで術は発動
止界術を使った祖父と樹里、貴文は時間がとまった世界・止界(しかい)の中で翼らを助け出そうとするも、なぜか樹里たち以外にも動ける人間と遭遇してしまう。
彼らこそ今回の誘拐を企てた連中、止界術を使って世界を革命しようと企む左翼宗教団体の真純実愛会。止界を舞台に実愛会と佑河家との「止界術の石」争奪戦が繰り広げられる!!てなストーリー。
停止する世界をどう描く
時間が止まる設定はマンガだけでなくSF小説でもよく見かけるが、当然時が止まった世界なんて誰も体験したことは当然ない。だから読者にどうリアルに伝えるのかってのは見どころの1つになってくる。

出典:刻刻1 堀尾省太
たとえば水の表現。水道が使えない止界でしかたなく公園の噴水で顔を洗う樹里。水をすくうと水面にそのまま手形がくっきりと残ってしまう。
普段のなにげない行動が「時間が止まる」ことでどう変化するのか、こうしたコマは作者の腕の見せところだ。
そして読者にリアル感を伝えることができたのなら、その作品が「面白い」と評される。そういう意味では刻刻は読者の心をつかむことに成功したと思う。

出典:刻刻2 堀尾省太
このコマも面白い。
水を飲むシーンではペットボトルを押すとまるでゼリーのような塊がムニュっと出てくる。宇宙飛行士が宇宙で水を飲むシーンがときたまテレビに流れたりするが、まさにそんなイメージ。
もちろん宇宙空間と止界は違うけど似たような映像を見ている読者にとってはリアルさが増すの確か。間違ってはいけないのは正確さではなく面白さなのだ。
物理現象の矛盾を我が物顔でツッコンでしまうと非常にサブイ読者になってしまう。手塚先生ではないが漫画とは「でたらめさ」で成り立っているのだ。
管理人という謎の怪物
止界では動く者と止まる者とが共存している奇妙な世界。止界術によって動けてはいるものの、この世界がどんなところで、なんの目的で創られたのかは誰も知らない。
そんな世界においてひときわ奇怪に映るのが「管理人」と呼ばれる怪物だ。止界の中で動ける者が、止まっている者(=止者)に殺意を抱くと突如として現れ頭を捥ぎとる。ここらへんの描写はかなりグロいがリアルさは申し分ない。

出典:刻刻1 堀尾省太
人間と同じように手のようなものがあるが、足はなく宙に浮いている。頭らしき頭部は枝のようなものが無数に生えている奇怪なモノ。謎はさらに深まっていき読ませるストーリーに没頭していく。
止まる世界と動く心
面白かったのは死界という「停止する」世界で、主人公の樹里をはじめとした佑河家の「心の動き」によって物語が展開していったこと。この相反する2つの動作が同時平行で展開していく。
止界術を受け継ぐ佑河家の中には特殊な能力を使える者もいる。たとえば祖父の瞬間移動。止界の中でなら5~10m以内なら瞬時に移動することができる能力を持つ。
そしてこの能力は精神に起因するのである。窮地に追い込まれるほどに特殊能力が増していく描写は実はこのストーリーにおいての肝といっていい。

出典:刻刻6 堀尾省太
真純実愛会に追い詰められたとき、祖父の瞬間移動が今までにないほどの能力を発揮する。
一家は窮地を乗り切るのだが、こうした停止した世界の中でも、変わること、変えることができるのが人間なんだという作者のメッセージが伝わってくる。
この「変化する心」は佑河家のみならず敵対する真純実愛会にも同様のことが起こり、最終的には止界の秩序までも変える力へと成長していく。
停止と変化という相反するもの同士が絡まりながら展開していくストーリーはまさに秀逸。
1周まわってwww
堀尾省太先生と言えば、最近では「ゴールデンゴールド」が連載中ですが、刻刻で描かれた読ませるストーリーと奇妙でグロテスクな絵は読んで損なしの漫画。
そういえば読み終えてもういちど読み直してみたところ、冒頭で止界を連想されるコマが描かれていることに気付く。

出典:刻刻1 堀尾省太
父と息子そろって一日中家でニート三昧な男ども、それを横目でみる妹の樹里。まさに止者そのものww1週回って面白すぎ。