週刊少年チャンピオン・別冊少年チャンピオンで連載されていた『ブラックジャック創作秘話』。単行本で全5巻。原作は宮崎克、作画は吉本浩二が担当。
手塚治虫の仕事現場をリアルに描いた作品で、漫画秘話はもちろんアニメ制作のエピソードも描かれています。タイトルからブラックジャックの連載が始まった1970年代を中心に描いていると思いきや、そんなことはない。
親交のあった漫画家や編集者、当時虫プロで働いていたアシスタントなども登場、インタビュー形式でそれぞれが当時の手塚像を語るという構成になっています。
そんなブラックジャック創作秘話の中からエピソードをいくつか紹介。
知られざるリアルな手塚像
手塚先生(以下先生省略)の担当編集者の仕事は、多忙すぎる手塚からいかにして原稿をもらうかがすべてだった時代。しかも何十と連載を抱えていても、どの作品にも決して妥協は許さなかった。
たとえばこんなエピソード。
手塚は来週号の原稿が気に入らなく、アシ1人1人に原稿の感想を聞いて回ったという。そこへ1人、空気の読めないアシが思わずホンネをポロリ・・・。
出典:ブラックジャック創作秘話vol.1 宮崎克 吉本浩二
この一言で、今できたばかりの原稿をボツにし、新たに20枚の原稿を描き上げると言い出す。びっくりしたのは原稿を待ちに待っていた担当編集者。
しかし手塚を止めれるわけもなく、その後さらに8時間待ち続けたという。当時の編集者にはお気の毒ですが、それよりも8時間で20ページを書き上げた手塚の凄さったら、当然実話。
出典:ブラックジャック創作秘話vol.1 宮崎克 吉本浩二
8時間で20ページ・・・吉本浩二が描く手塚治虫の仕事スタイル。まっ黒ですが緊迫感は十分に伝わってきます。漫画に真剣に向き合う手塚のリアルな姿勢が描かれている。
パンチありすぎな編集者
手塚がのりにのっていた1950年代、それから70年代の劇画の台頭による低迷期、そしてブラック・ジャックでの復活。
今作では各年代の担当編集者にもスポットを当てていますが、その誰もがまるでチンピラかヤ○ザのようなパンチのあり過ぎる面々が描かれています。
特に豪快なエピソードを持っていたのが秋田書店の名物編集長・壁村耐三(かべむらたいぞう)。
出典:ブラックジャック創作秘話vol.4 宮崎克 吉本浩二
とにもかくにも、壁村という編集者は型破りな人物だったらしい。仕事中でもデスクで酒を飲み、目力が強烈な角刈りのおっさん。だが、壁村と手塚との関係には特別なものがあったという。
秋田書店に入社してはじめて担当した漫画家が手塚治虫だった。それから彼が編集者人生を辞める最後まで手塚作品に触れ続けていた。
当時、人気低迷が激しかった手塚を起用してブラック・ジャックの連載を決断したのも彼。ただ起死回生・・・というよりは最後の花道として4回の連載で終わりにする予定だったんだとか。
ブラック・ジャックといえば1話読み切りですが、これは4回終了を見据えた壁村が手塚に出した条件だったという。
出典:ブラックジャック創作秘話vol.4 宮崎克 吉本浩二
しかしフタを開けてみれば、4回目には巻頭カラーで30ページにわたる長編が掲載されることになり、少年チャンピオンの主軸マンガとなっていく。
松本零士に赤塚不二夫、石ノ森章太郎・・・そうそうたるメンバー
手塚治虫の元にはその後の漫画史に残るスターたちがアシスタントとして手伝っていたのは有名ですが、それらの貴重なエピソードも描かれている。
出典:ブラックジャック創作秘話vol.2 宮崎克 吉本浩二
たとえば、若かりし頃の松本零士・笑。18歳のとき手塚に呼ばれて一度だけアシとして手伝ったことがあるんだそうです。
出典:ブラックジャック創作秘話vol.2 宮崎克 吉本浩二
また、赤塚不二夫と石ノ森章太郎のエピソードも面白い。多忙すぎる手塚が書き上げた下書きのペン入れを2人が代わりに描いたことがあったという。ちなみにその作品は『火の鳥』。この回はやけに石ノ森色が強かったという・笑
このほかにも三浦みつる・永井豪・藤子不二雄Aなどなど、そうそうたるメンバーが貴重なエピソードと共に登場しています。
手塚治虫の漫画人生はそのまま日本漫画史の系譜といっていいほどスゴイメンツが総出演している、ホント圧巻である!
手塚治虫の膨大な連載の秘密
当時、手塚プロダクションに入社したアシスタントの1日のスケジュールを見ると、これがもの凄いハードなのだ。
出典:ブラックジャック創作秘話vol.1 宮崎克 吉本浩二
1日21時間勤務の肉体労働、しかしアシのだれも不満を口にしなかった。なぜなら、尊敬する手塚治虫自身がこの中の誰よりも働いていたから・笑。
ただ、恐ろしいことに、この時でさえまだ序の口。アニメを手掛けるようになるとさらなる重労働がのしかかる。手塚プロの記念すべきアニメ第1作は24時間テレビで放送された『100万年地球の旅バンダーブック』。
泊まり込みは当たり前、しかも手塚の妥協のない仕事ぶりからリテクイの嵐。描きなおして描きなおして、作品が完成する3日前にいたっては徹夜、一睡もせず72時間ぶっ通しで描き続た。
テレビ局に納品したときには、スタッフ全員が疲れすぎでそのまま社内の廊下で爆睡していたという。
出典:ブラックジャック創作秘話vol.1 宮崎克 吉本浩二
そんな手塚治虫の超人的なスケジュールを目の当たりにすれば、誰もがなぜこうも連載を引き受けるのか?という純粋な疑問が浮かぶ。仕事量を減らすことで効率も上がるのではないかと思ってしまう。
出典:ブラックジャック創作秘話vol.5 宮崎克 吉本浩二
しかしこれは間違っているという。面白い仕事であれば担当編集者を困らせようと、アシスタントの負担が重くなろうとも、漫画のアイデア、構想、創作意欲が湧きつづける限り描きつづけたい、それが手塚治虫の漫画哲学。
まさに漫画の神様らしい答え。
おわりに
全5巻で読み終えるので手に取りやすい。手塚関連の書籍を調べ、当時関わった人物に直接インタビューをおこなうなど、非常に丁寧に作られている作品なので読み応えは十分(引用元もしっかり記載されている)。
この漫画が美談にとどまっていないのは、手塚側だけでなく編集者・アシ・漫画家・家族といった側からも描いているところ。
双方の視点があるので客観的に、そしてリアルに手塚像の知られざる一面を描いているのが本作の一番の魅力だったりする。
家族でいえば、長男の手塚眞(まこと)氏は有名ですが、長女、次女にも触れていたのはけっこう貴重じゃないかな。個人的に「眞とウルトラQ」のエピソードが面白かった。
ちなみに、手塚治虫というと子供向けの少年誌をイメージしますが、たとえば『ロストワールド』のこのコマは強姦は暗示しているんだとか。
出典:ブラックジャック創作秘話vol.4 宮崎克 吉本浩二
草稿は中学生の時に書かれたこともあり、本能赴くままに描いた情熱がそのまま作品に込められています。
しかし、この後の作品でも手塚治虫の「危うさ」や「影の部分」といったものがちょくちょく顔を出していきます。
こうした一面(というか解釈)は手塚作品を読み返すときの楽しみにもなる。手塚ファン、そして漫画ファンは読んで損なし。
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