ドラゴンヘッドは望月峯太郎による災害パニックホラー。94年からヤンマガで連載が開始され、単行本10巻まで続きました。
個人的に好きな漫画家さんの一人で、この後に発表された『万祝』も当時チェックしてた。絵のタッチが独特で好みは分かれるけどストーリーは最高。
妻夫木聡主演で2003年に映画化もされますが、進撃の巨人しかり実写化は駄作になるというセオリーはこのときも当てはまってたようです。
ちなみに、1990年代後半から2000年代の傑作漫画が、かなりの格安で全巻読めるようになってきたのは至福の限り。駿河屋最高!!
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ストーリー・あらすじ
修学旅行の帰り、青木テルを襲ったのは新幹線によるトンネル落盤事故であった。目を覚ますとそこは光のない闇、ぐちゃぐちゃになった車内と、動かなくなった友達と先生の死体の山。
出典:ドラゴンヘッド1 望月峯太郎
脱線事故で生きていたのはテル、アコ、ノブオの三人だけだった。なんとかトンネルから脱出を試みるも、前後は土砂により塞が生き埋めになっていることを知り、絶望する。
崩落してもおかしくない状況で逃げることもできない三人は、次第にオカしくなり、闇が心を飲み込んでいく。そして「死」の存在を実感しはじめる。
未曾有の災害により日常から非日常へ放り投げられた少年少女たち・・・。さらに断続的に続く地震は、ただの落盤事故に巻き込まれたのではないことを意味していた。
日本で何が起きているのか?
暴力と混沌の世界で、苦悩しながらも家族がいる東京へと戻ることを決意するテルたち、災害サバイバルホラーの傑作であーる。
一コマに込められた情熱
1巻からして作者の一コマに対する作業量が膨大なことが分かる。それだけ望月先生がこの作品に込めた熱量がすごかったということでもある。
出典:ドラゴンヘッド1 望月峯太郎
まず終始暗いw
トンネルに閉じ込められたところからストーリーが始まるわけだけど、トンネルを抜け出して地上に出ても、そこは昼間だってのに薄暗い。
大量に舞う灰によって太陽が隠れてしまっていたのが原因なのだが、それを描写するため、1巻から10巻までのほとんどのコマが黒いわけ。まっくろくろすけなのです。
いちいち背景までしっかりきっちり塗らなきゃいけない、トーンを貼らなきゃいけない、この作業がどれほど大変か。
ドラゴンヘッドは週刊連載ですから、この作業を毎週、毎週やるわけです。で、たしか連載当時、かなり休載が多かったはずです。
しかも、恐ろしいことにこれだけじゃない。
この作品は関東で発生した大災害を描いているわけだけど、「白い灰がいつも降ってる」っていう描写もあった。
出典:ドラゴンヘッド5 望月峯太郎
背景に「黒いゴマ粒」があります。コレ、空から降ってくる灰を表現しているんですが、すべてのコマにゴマ粒をキッチリ描ききっている。10巻のラストまでw
なんだったら、主人公のテルが東京に近づいていくにしたがって、灰がだんだん大きくなっていくとこまで描き分けてます。いや~これはホント凄い。
望月先生の代表作にして傑作であることが、こうしたコマにもあらわれちょります。
テルとアコとの関係性
ほかにも、主人公のテルとヒロインのアコとの関係性にも注目したい。二人の関係性はかなり微妙、付かず離れずな関係で、どちらかというとアコの方がグイグイいくタイプ。
中学生ということもあって、恋愛事情は女子の方が一枚上手なんでしょう。それがよく表現されているのが呼び方w
出典:ドラゴンヘッド1 望月峯太郎
同じ学年だけどクラスは違う二人、落盤事故ではじめて会話をする関係だけど、アコははじめっから
テル君
と下の名前で呼び、親近感を出している。
ちなみに、もう一人の生存者であるノブオに対しては「高橋くん」と名字で呼び、中学生の露骨さが垣間見える瞬間でもあった。
話を戻して、テルがアコを呼ぶときは「瀬戸さん」と名字で呼ぶ。この後にアコの顔のドアップが描かれているが、いろいろと想像できる一場面であるw
出典:ドラゴンヘッド2 望月峯太郎
問題はテルがこのあともズーーーッとアコに対して「瀬戸さん」と名字で呼ぶのである。なら、2人の関係が近づく最終巻での呼び方はどうだったのか、、、最後まで名前では読んでくれなかった。
これだからチェリーは(アコの心の声
ホラー要素がメインのマンガだけど、実はラブコメ要素もチラリと垣間見えたり、見えなかったりするのもチェックしたいところ。
ドラゴンヘッドとは?
あくまで個人の意見として、この作品のメインは災害や天変地異ではない。それは作者が『ドラゴンヘッド』というタイトルを付けていることからしても分かる。
作者は人間の心に棲む「恐怖」を描きたかったんだと思う。
この作品には頭部に手術痕があるスキンヘッドの男が登場する。彼らのことを「龍」の「頭」と書いて「龍頭(りゅうず)」と呼び、英語にするとタイトルと同じ「ドラゴンヘッド」となる。
出典:ドラゴンヘッド6 望月峯太郎
未曾有の天変地異が起こったとき、絶望の世界から逃れるために自ら志願して脳をいじくったのが龍頭と呼ばれるモノたち。具体的に言えば、脳の扁桃体と海馬をゴッソリ取り除いたという。
感情を司っている部位が扁桃体と海馬。そこを取り除くことで、地獄でさえ「恐怖」のない平安な心で暮らせるという。
しかし感情は「恐怖」ばかりではない、喜怒哀楽のすべてをなくし、さらに海馬を取り除いたことで記憶障害も残る。だが、それでも絶望の世界から逃れたいがために龍頭を選び「恐怖」という感情を取り去った。
ちなみに龍頭の一人・菊地が持っていた「SSRI-EX」は抗うつ剤の一種、SSRIは「選択的セロトニン再取り込み阻害薬」と呼ばれ実際に存在する薬。
人間の心に棲まう「恐怖」
荒廃した世界に絶望し集団自殺をはかろうとする者たち、オカルトチックな儀式をして不安を取り除く者たち、秩序を蔑み自由と暴力を歓迎する者たち、恐怖に踊らされた国家、そして恐怖そのものを取り除いた龍頭。
未曾有の天変地異によって人間の恐怖に対する行動を描くのだが、恐怖を産むのは人間の心であるのは間違いない、でも、その恐怖に打ち勝つのもまた人間の心しかない。
出典:ドラゴンヘッド6 望月峯太郎
そのことを伝えているのは伊豆半島で出会ったおばちゃんだ。主人公テルの行動を「どうやって恐怖に打ち勝っていくか」という軸で読み進めていくと、ラストまで迷わずに理解できると思う。
人の心に宿る「恐怖」とはさまざまである。テルの場合はその恐怖は「怪物」として目の前に現れた。アコやノブオも同様にうごめく影を見る。
テルは恐怖という怪物に悩み続けるのだが、龍頭や仁村をはじめとする自衛隊員、おばちゃんとの出会いの中で、怪物に逃げずに立ち向かっていった。
出典:ドラゴンヘッド10 望月峯太郎
最終巻ではテルの前に闇が目の前に姿を現す。恐怖は万人に平等に与えられたもの、そして悲惨な状況の中で多くの人々が恐怖という怪物に囚われている、でも、テルのように恐怖と対峙して乗り越えることだってできる。
青臭いかもしれないけど、恐怖を乗り越えて強くなる、強くならなくちゃいけない、というテルの決意によって空に向かってピストルを撃つ。
人には恐怖だけじゃない、未来を想像することだってできる、この天変地異の中においてさえ新世界を望むことはできる、ラストの解釈はこんな感じでしょうか。
ラストを考察
最後に世紀末サバイバルホラーとして、日本を襲った天変地異について考察していこうと思う。ラスト、テルは東京で富士山に似た山が出現し噴火する姿を目撃する。
出典:ドラゴンヘッド6 望月峯太郎
龍脈(りゅうみゃく)というワードが登場していたが、龍脈とは大地に宿るエネルギーを比喩したものだと言っていた。噛み砕くとマグマの流れのことを指している。
龍脈の源は一番高い山とあることから富士山を指し、また、龍脈の吹き出し出口のことを「ケツ」という、つまり噴火のことを意味する。テルが新幹線で目撃した火柱は、富士山の噴火だった。
そして、富士山を龍脈の根源としてその流れが東京に集まる。富士山に似た山が東京で出現したのはこのためだろう。その根拠となる伏線も実際描かれている。
出典:ドラゴンヘッド9 望月峯太郎
テルが東京の地下鉄を探索していたときに壁に書かれていた「木花咲耶姫命」という名前。これはコノハナノサクヤビメという古事記にも登場する神様。
火の神様であり、父親が山の神様であることから、日本で一番高い山、富士山に祀られている神様として知られている。
東京に出現した山は「木花咲耶姫命」が祀られている山なわけで、富士山に似ていたのも当然です。
富士山を源とする龍脈が東京へと繋がり、富士山に似た山から「ケツ」(噴火)する。地震がきっかけか、富士山噴火がきっかけか、天変地異のはじまりは描かれていませんが、静岡と東京の噴火は龍脈が深く関係していた。そのフックは作品の随所に描かれています。
ドラゴンヘッド まとめ感想
天変地異を描くサバイバルホラー作品として傑作中のドランヘッド、しかし、その内容は実に濃すぎます。単なるパニックホラーで終わっていないのがスンバらしい。
人間の心の奥に棲みつく「恐怖」、背景が真っ暗なのもいい演出となって、ストーリーにさらにのめり込んでいくことができる、傑作です。
そして、恐怖が恐怖を呼び、それが人同時ではなく国をも混乱しうる構成はもうグゥっと唸るばかり。結局地下の王国では核兵器でどうにかしようとはそもそも思ってはいなかった。
けど、他国が妄想(あるいは想像)という名の臆病な恐怖(怪物)を増大させ、未曾有の天変地異を目の当たりにしながらがも、都内に潜伏する不穏分子の核兵器テロではないかと見誤る。
恐怖を国単位にまで広げて描いた広大さは、もうスタンディングオベーション級の賛辞。
パチパチパチパチ
出典 信濃小布施 北斎館
ちなみに作中に登場した葛飾北斎の富士山ですが、これは実在してる作品。
北斎最後の作品として知られ、そのタイトルは「富士越龍図」。黒雲に乗り龍が天に昇る様子を描いています。黒雲を火山の黒煙に見立てた発想は面白かった。