漫画「ホムンクルス」は、2003年からビックコミックスピリッツで連載していた漫画。作者は鬼才・山本英夫。
単行本全15巻で、連載は8年続き、そのラストは衝撃的というか解釈が難しい終わり方を迎え話題になった。
また、単行本だけに書き下ろした真のラストも描いているんですが、これがまたエグイ。そこらへんもこの記事では扱っていこうかなと思う。
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あらすじ・ストーリー
新宿西口の公園側でカーホームレス(車上生活)をしている主人公・名越進は空虚な日常を送っていた。
ある日、医大生を名乗るピアス男、伊藤学に声をかけられ「トレパネーション」の被験者になってほしいと依頼される。
トレパネーションとは人間の頭がい骨に穴をあける手術であり、これにより人間に第六感が発現するか確かめたいと伊藤は説明する。
金が底をつきかけていた名越は70万という報酬のため、人体実験に付き合うことを了承する。
出典:ホムンクルス1 山本英夫
電動ドリルで頭蓋骨を削っていく伊藤、手術は無事に終わるが、これといった変化は見られなかった。
出典:ホムンクルス1 山本英夫
しかし、伊藤と別れ人通りに出たとき名越に異変が起こる。そこには人間とは思えない異形の姿が歩いていたのである。彼が視ているのは幻想か、妄想が、それともゲンジツなのか・・・?
引き込まれる構成
15巻というボリュームにもかかわらず、あっという間に読むことができたのは、冒頭の「ホムンクルス」の説明が分かりやすく描かれいたから。
たとえば名越が右目を押さえることでホムンクルスという化物が見れるようになる設定を見ても、理にかなったストーリーに没頭していける。
出典:ホムンクルス1 山本英夫
人間は外部情報のおよそ8割を目(視覚)から得ている。名越は左目を隠すことでホムンクルスが視えるようになった。
左脳は右半身を、右脳は左半身を制御しており、右目を遮断、つまり左脳の働きを意図的に抑制することで、右脳を活発にさせる。
右脳と言えば想像力や感性を司る部位、トレパネーションにより右脳がさらに活性化された名越がホムンクルスを見てしまうのである。
ホムンクルス、トレパネーションと導入こそ情報は多いが、説得力のある説明のおかげで迷うことなくストーリーを楽しめる。
名越のコンプレックスとはなんだったのか
名越が見ていたホムンクルスとは一体なんだったのか。トレパレーション手術をした伊藤はこう説明している。
出典:ホムンクルス3 山本英夫
ホムンクルスは怪物だとか幽霊だとかそういった類(たぐい)のものではなく、心の深層心理に沈んだ歪みが「化物」という形で姿を変えていた。
コンプレックスが具現化したものと言えば分かりやすいか。
つまり名越は人の心をビジュアルとして見えるのだ!しかし、ストーリーが進むにつれホムンクルスの正体が実は「自分の姿を投影している」ことが明らかになる。
視覚は外側を映すだけでなく見ている者の内面をも映す鏡でもある。自分の心がホムンクルスを生んでいた。
であれば名越の「心の歪み」、つまり彼の抱えているコンプレックスとはなんだったのか?
それは
実感が持てない
ことであった。
現実世界で実感がもてなくなった名越は何に対しても無感動・無感覚になり、精神が蝕まれて社会生活ができなくなってしまったのだ。
出典:ホムンクルス3 山本英夫
伊藤によって名越のこころが見透かされていく。このマンガは名越の精神状態をことごとく抉(えぐ)っていく描写がしばしば登場する。
上のコマでは名越の顔が真っ黒になり、額からは大量の汗が流れている。こうした独特な描写によって名越の心理状態をうまく演出していた。恐怖がより実感できた。
ラストの解釈
結局、このマンガは主人公である名越の自分探しの物語であった。
ラストではホムンクルスが全員自分の顔に見えて終わるという、かなりヤバイ展開で連載を終了させたw
出典:ホムンクルス15 山本英夫
自分探しの果てに名越は公園にもホテルにもどこにも居場所はなかった。そこで彼はホムンクルスの世界に居場所を求めたという解釈でいいと思う。
ホムンクルスとは自分のコンプレックスの具現化であるが、共感できなければホムンクルスは見えないのである。自分と同類のコンプレックスだからこそ他人と自分をリンクさせることができた。
名越が最後に出会った女性ななみは、まさに名越と同類の人間であった。2人はお互いを補完し合うのだが、その描写がまたエグイ。
出典:ホムンクルス15 山本英夫
ななみのホムンクルスは顔が次から次へと変化するというもの、そこには「自分」というものがなく、彼女もまた嘘を塗りかためた偽りの自分を演じていた。
名越はそんな彼女にトレパネーションの手術を施しホムンクルスが視える世界へどいざなうのである。
自分のホムンクルス(=心)を視てくれる人間が現れた、これで名越もようやく人間に戻れると思ったが作者が選んだラストは違っていた。
同じ顔のホムンクルス
名越は「実感がない」ことがコンプレックスだった。そのため銀行マン時代は心の均衡が保てなくなると自分の精子を喰らっていた。その理由は14巻で明かされる。
出典:ホムンクルス14 山本英夫
実感のない名越にとって精子は自分の匂いと温度を保っているものだった。つまり、自分が自分である実感を確認するために精子を食べていたのだ。
出典:ホムンクルス15 山本英夫
性交は五感を駆使したプレイ、いわば五感という名の総合格闘技である!自分を知るにはこれほど効率のいいものはない。
15巻の最終話、自分の顔になったななみとの性描写を細かくみてほしい。
自分の姿をしたホムンクルス(視覚)、触れあい(触感)、精子を飲む(味覚)、喘ぐ(聴覚)、精液の匂い(臭覚)、一コマ一コマ丁寧に描いているではないかぁ!
名越にとって性交をすることは、己を感じること、自分を知ることでもある、つまり「実感できる」ことであると捉えることができる。
出典:ホムンクルス15 山本英夫
自分のホムンクルスと語りあった(リンク)させたが、ななみが途中で眠ったことで自分語りはとん挫してしまう。結局ななみは手術の後遺症で死亡、名越は最後まで救われることはなかった。
※ななみの顔が元に戻っていることから、彼女は現実に戻ることができたとも考えられる。コンプレックスがなくなったことで彼女の「顔を変える能力」が名越に移りホモンクルスの顔がすべて自分の顔になったのかな。
自分と対峙したことで自分が自分であると認識できる世界に「実感」を求めてしまったと言える。ななみを失った今、彼ににとってホモンクルスの世界に真実(実感)を求めたのは当然の成り行きか。
真実とは「まこと=ウソのない世界」である。彼にとっての真実とは実感することと同意であるのは明らか。ただその世界が天国か地獄かは知らんが。
単行本限定ラスト
ちなみに連載ではグロすぎて掲載できなかった真のラストが単行本に載っているんですが、これもまた救いようのないラストを迎える。
果たして名越は現実世界に戻れることができたのだろうか?