30年近くもブレずに怪談話をしゃべり続けてきたヒゲ男。その界隈では既に第一人者となっているお方。その名は、
稲川淳二
稲川淳二の怪談話の特徴は独特な擬音、彼の出身からくる小気味いい江戸弁、そして、いくつかある定番のフレーズ。
今回はこれらの「稲川節」とも言える特徴に着目していく。
たとえばこんな例である。
冒頭は決まって身近な枕を置くことが多い。実際に体験した話、友人知人から聞いた話、はたまたメールや電話で相談を受けた話だとか。
その後、少し間をおいて本題を語りはじめていく・・・この冒頭の「枕」に多いのが「仮にAさんとしておきましょうか」といったお決まりのフレーズだ。
このフレーズを聞けば、「あぁ、稲川さんの怪談話だな」とすぐに思い浮ぶのである。
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稲川淳二の真説シリーズ
今回稲川淳二の口調や口癖、いわゆる「稲川語録」ともいうべきものを探していく上にあたり、調査したのがリード社から出版されている稲川淳二の真説シリーズである。
現在6弾(最新作は2017年)まで出版されている人気シリーズであるが、このシリーズの「閉ざされたブラインド」回を今回は取り上げてみたい。
稲川淳二の口調・口癖「それはちょうど」
第一話 演劇集団、東北の宿の回の冒頭はこんな風にしてはじまります。
それは、四~五年前の秋のはじめ、青森の小劇場での公演があって、その時の宿泊先というのが、町場から酢子はずれたところにある、古い木造の宿屋だったんですね。
出典:稲川淳二の怖い話 閉ざされたブラインド p5
それは、○○年前の、といったフレーズは稲川怪談にはお決まりの口調です。「それは、今から数年前のこと」「あれは、ちょうどぼくが」「それは、もう初夏だというのにまだ肌寒い日のこと」。
稲川怪談の定番の口調が文字になってししっかりと表現されています。ただ、こうして文字として読んでいくと、の語りはじめの定番のフレーズは多いようで実は少ない。
次のセリフもよく耳にするところである。
稲川淳二の口調・口癖「仮にAさんとしておきましょうか」
三十代の男性で、仮にAさんとしておきましょうか。それは、今から十数年前の、高校の夏休みに、友達のBくんとふたりで、長野県の北部にある湖に、自転車でキャンプに行った時の事です。
出典:稲川淳二の怖い話 閉ざされたブラインド p101
「仮に○○さんとしておきましょうか」というフレーズも鉄板です。しかも、この怪談の語りはじめでは「今から十数年前の」という、これまた鉄板フレーズが続いています。
つまり、鉄板フレーズの合わせ技でバリエーションを増やしているのである!
なぜ稲川怪談では本名では話せない訳アリな人物がつきもの。加盟はAさん、Bさんといったアルファベットであったり、ヨウコ、タケシなど架空の名前を当てはめることもあります。
ですが、その前には「仮に」と本名ではないことを明示することはよくある。
稲川淳二の口調・口癖「電話が鳴った」と擬音語
稲川淳二と言えば、超高速な舌使い。そんなイメージはないですか、ない、いやいや、この描写を読めばきっと納得してもらえるはずです。
これはそんなある日の朝、アダチさんが出かける時におこったんですがね。
トゥルルルルル、トゥルルルルル、トゥルルルルル
電話が鳴った。
出典:稲川淳二の怖い話 閉ざされたブラインド p140
この電話音、実際に真似てみるとこれが難しい。
聞いているのと実際にやるのとでは随分と違うんだな。稲川淳二は実に器用に舌を使って電話音を表現する。ですが、このお家芸はスマホの登場によって廃れつつある。
非常に残念である。
だが、稲川淳二は電話音ばかりではない。そもそも、稲川怪談には「擬音」は切っても切り離せない。たとえばこのシーン。
ギイィィィドン・・・・・
ドアの開く音がして、フッとアダチさん目が開いた。
出典:稲川淳二の怖い話 閉ざされたブラインド p140
稲川怪談には必ずといいほど、立て付けの悪い建物が登場するのだwww
稲川淳二の口調や口癖を真似れば怪談話は怖くなる説
さて、ここまで稲川怪談の鉄板フレーズを紹介してきました。鉄板フレーズはごくごく一部ですが、怪談話に登場するフレーズとして上位の鉄板です。
そしてここからがいよいよ本番!
記事タイトルにもあったように、稲川淳二の鉄板フレーズを駆使すれば、だれでも怖い怪談話が作れる説を検証していきます。
稲川風怪談話「学校のペタ子さん」
季節はちょうど半袖では肌寒さを感じはじめた9月下旬の頃。今からちょうど5年くらい前のこと。デザインの仕事仲間で、仮にAさんとしておきましょうか。
このAさん、元教師なんですよ。
学生の頃からの夢を明らめずに、教師からデザイナーに転職した経歴の持ち主なんですがねぇ、教師を辞めた理由を聞くとどこか歯切れが悪いんですよね。
ある夜、私とそのAさんとで一杯飲むことになって、酒がまわってきて気持ちが緩んだのか、こ~んな話を私にしはじめたんですよ。
Aさんがまだ教師だった頃、その当時というと、まだ先生たちが当番制で学校に泊まって見回りをしていたんだそうなんですよ。
Aさんも月に数回の宿直当番がまわってきたんですが、当番になったある夜のこと。
校舎は3階建てでちょうと「コ」の字のような構造になっていて、西側と東側にそれぞれ棟があって、その2つの棟を渡り廊下が通ってる。
Aさんは見回りの時間になったので、ガラガラガラと宿直のドアをあけて、スタスタとまずは1階から見回りをはじめた。
1階がなんなく終わると、次は2階へ。ちょうど2階の渡り廊下にさしかかったあたりで、
ピタ、ピタ、ピタ、
と、どこからともなくミョ~な音が聞こえてきた。
Aさんは「おかし~な~、水飲み場から水でも漏れているのかな」と思い、2階にある蛇口を重点的に調べながら、夜の見回りを続けていったそうなんです。
2階の見回りもあらかた終わり、3階へと行こうとしたとき、あの音がまだ止んでいないことに気づいた。
おかしいなぁ~ なんだかやだなぁ
と思いながらも、Aさんは排水管の水漏れに違いないと思いなおして、そのまま見回りを続けることにした。
一通り見回りが終わり、1階にある宿直室に戻り、テレビを見ながら、なんとなしに時間を過ごしていた。
そしたら、また2階で聞こえてきた水漏れのような音がしてきたもんだから、Aさんは驚いた。
ペタ、ペタ、ペタ
Aさんは思った。
これ、水漏れじゃなくて足音なんじゃないかと。
さっきはピタ、ピタ、ピタと思っていたAさんが、今度はよ~く耳をそばだてて聞き直してみるとペタ、ペタ、ペタとだれかの足音のように聞こえたって言うんだ。
急にAさんは怖くなった。
そしたら急にゾワッと体に寒気を感じたって言うんですよ。
心なしかテレビの音量もいつもより少し上げて、気をまぎらわす。見回りはあれで最後、あとはここで朝が来るのを待つだけ。そう自分に言い聞かせながら気にしないようなんとか取りつくろう。
そのとき、突然
コンコンコン
とノックをする音がした。
「えっ」とAさんは一瞬凍りつく。
だってそうでしょ。深夜の校舎、宿直はAさんしかいないんだから。さっき校舎の見回りをしたばかりで誰もいなかったはずなんだから。そのことを一番わかってるのがAさん本人なんだから。
ただノックの音は確かにした。
Aさんは体が震えるのを必死で抑えながら、恐る恐るらドアのところまで進んでいった。きっと空耳に違いないと自分に言い聞かせながら、ドアをそっと開けてみた・・・
ぎゃあああああああああ
Aさんはそこで意識を失ったそうですよ。
その後どうなったかAさんに聞いても、それ以上話してはくれませんでした。
ただ、あの出来事が転職のきっかけになったのは事実ですよと、ポツリと呟いたのは聞き取れたんですよね。
いったい彼に何があったのでしょうかねぇ~。
検証結果
最後に一言。「夢オチ」「気絶オチ」も稲川怪談では鉄板です。
オワリ