南条範夫の小説「駿河城御前試合」をもとに漫画家・山口貴由によって描かれたのが漫画「シグルイ」。漫画雑誌「チャンピオンRED」にて連載。
連載期間は2003年からはじまり2010年9月号で終了、単行本は15巻完結。グロイ作品という評価がある一方でギャグ作品という評する人も。
たしかに「涎小豆」や「ぬふぅ」など思い出すが、どう評するにせよ、記憶に残る傑作であるのは間違いなし!そんな傑作のラストを今回は考えていく。
謎ラストとはまでは言わないものの、藤木源之助が勝利したにもかかわらず、なぜに三重ちゃんは自害しちゃったのか、そこんところをじっくり考えていく次第。
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サディスティック大名
出典:シグルイ1 山口貴由 南條範夫 秋田書房
この物語は徳川忠長が領地駿河で起こった事件を漫画にしたもの。作中では「駿河大納言秘記」なる文書を引用しているが、この文書が実在するのかは不明である。
単行本1巻において「この物語はフィクションである」と明言していることから、歴史的事実をもとに作り上げたストーリーではなさそうだ。
ただし、サディスト暴君として登場している徳川忠長の奇人っぷりは幼少期から芽生えていたようなので、傍若無人な大名であったのはあながち間違っていないようだ。
リアル忠長の最期は、幕府から自害を命じられたことからして、その人格にはやや問題があったのは間違いなさそうである。忠信の自害シーンは1巻冒頭でも描かれていた。
駿河城御前試合の結末
そんな徳川忠長が領主を務める駿河藩にて、執り行われたのが駿河城御前試合。当時としては異例の真剣での御前試合、幕府への謀反ともとれる危険な試合。
暴君・忠長の意識は固く反対する家臣もいようであるが、忠長の耳には届かず。その当日を迎えることになる。御前試合に赴くのは、
虎眼流・藤木源之助と無明逆流れ・伊良子清玄。
この二人の死闘をラストで描きます。
しかし、二人の関係は単なる敵・仇に非ず。そこには憧れや憧れゆえの憎しみ、さまざまな感情が渦巻いていたことは言わずもがなである。
出典:シグルイ1 山口貴由 南條範夫 秋田書房
ここでは、三重の自害についての考察であるため、御前試合での結末についてさらりと説明する。二人の壮絶な戦いに勝利したのが藤木源之助であった。
しかし、そこに水を差したのは忠長の鬼畜。これにより思わぬ結末を迎えることになったラストといえます。そんなわけで前置きはここまで。
いよいよ次から本題です。
三重の自害を考える
岩本虎眼の一人娘として生まれた三重。岩本虎眼は剣の腕一つでのし上がり虎眼流を編み出した剣豪である。そんな父親を殺した相手こそ藤木と御前試合で戦った伊良子。
そのため御前試合において藤木が勝利したのであれば、三重が自殺する必要はないはずである。御前試合前には藤木と重なり合うことを誓っていたほど。
ではなぜ三重はラストで自らの命を絶ってしまったのか?
そこで、ラストを描く15巻を中心に、三重が自害を決断した内面描写を詳しく見ていくことにする。三重の心の内を探っていきます。
藤木と伊良子
まずは藤木と伊良子のキャラの違いを押さえておく必要があります。二人の違いがよく表れているのが亀の話w
第三十六景(単行本7巻)での藤木と伊良子が語る己の志。藤木は傀儡、伊良子は自由、この志の違いが三重自害の原因となったのではあるまいか。
藤木=士・傀儡
出典:シグルイ7 山口貴由 南條範夫 秋田書房
藤木の意志は己にあらすお家であり、岩本家にあります。士(さむらい)として、お家を守りきることこそが藤木の志と言えます。
藤木の手には貝殻が握られています。
貝殻を「お家」にたとえて両手で大切に受け止めています。このとき持っていた貝殻は、三重のプレゼントとして渡されます。
三重が自殺前に描かれていた貝殻とはこのときのもの。岩本家の当主である岩本虎眼の命が絶対であるように、お家を守るためには自分の意志はそこにはあらず。
士の命は士の命にあらず、主君のものなれば、主君のために死場所をえることこそ武門の誉れ
出典:シグルイ1 山口貴由 南條範夫 秋田書房
士の死に場所は己にあらず、君主のためにあるべきもの、それがシグルイで描かれる士(さむらい)像でした。
伊良子=平等・自由
出典:シグルイ7 山口貴由 南條範夫 秋田書房
藤木をはじめとする虎眼流門下生だけでなく、駿河大納言に仕える家臣もまた藤木同様、己よりも君主(忠長)最優先です。
主君のためならどんな理不尽なことでも命をもってやり遂げる、そんなゴリゴリのマゾヒスト集団が士です。
稀有な異端的な考えの持ち主です。伊良子が描く志は、己の腕で成り上がることです。岩本家に固執することなく、さらに上を目指す。
伊良子における主従関係は藤木のそれとは逆です。
藤木における「主」はお家です。一方で伊良子における「主」はお家ではなく自分です。己が成り上がっていくために、岩本家を利用するといった関係性に気づきます。
ただし、伊良子の志はさらに深く、15巻において、伊良子は野心だけで剣術を磨いてきたわけではなかったことが明らかになります。
武士も夜鷹(よたか)も駿河大納言も当道者も何も変わりはない
出典:シグルイ15 山口貴由 南條範夫 秋田書房
夜鷹と自分と同列に並べます。さらに同列に並べるのはそればかりでなく、駿河大納言ですらも同一に扱っています。
この発言を忠長が聞けば間違いなく叩き切られる場面ですが、伊良子の本心は階級社会を否定するために登り続けてきたと言えます。
封建制度を批判する考えです。
このように藤木と伊良子の二人の考えの違いを踏まえた上で、三重の自害を考えていくとより整理して理解できるはずです。
士の本分
駿河御前試合にて藤木が勝った後の流れを見ていくと、忠長の命により伊良子の首をこの場ではねることを藤木に命じます。忠長お得意の無茶ぶりです。
しかし、藤木にとって伊良子は憎い敵(仇)ではあるものの、同時に憧れでもあった人物。伊良子の首をはねるほどの恥辱を与えることに躊躇するのも当然です。
ところが、三枝伊豆守高昌の一言によって藤木が傀儡となる。
出典:シグルイ7 山口貴由 南條範夫 秋田書房
士の本分
士の本分とは己の命は己にあらず君主にあるべきもの。自分の意志がどうあれ、君主の命を忠実に実行すべき、それが士というもの。
藤木は高昌の「士の本分」という一言によって、伊良子の首をはねることになります。このとき例の貝殻が登場しますが、自分が士であることを思い出したためです。
この姿をみた三重はこのあと自害を決意する。
三重のトラウマ
藤木が傀儡となり、伊良子の首を切り落とす姿をみた三重は昔の記憶が蘇ってきます。それは、子孫を残すため虎眼に命により、弟子たちの前で男女の契りを強いられた過去。
出典:シグルイ2 山口貴由 南條範夫 秋田書房
男はみな傀儡・・・
藤木がとった行動は、虎眼の命を忠実に従う傀儡でした。三重はこのとき藤木たちに対して「傀儡」と評しており、舌を噛みきり死を決意するほどの羞恥と屈辱を味わいます。
ただ、唯一伊良子だけが虎眼に意見します。
駿河大納言の御前で藤木がしてほしかった対応とは、まさに伊良子のような態度ではなかったのか。大納言に願い出て打ち首を取り下げることが三重を活かすルートだったように思います。
ただし、これは夢物語。
これまで描いてきた藤木の性格からして、伊良子のように口上が達者なわけでもなく、忠長の命に充実に従う藤木がいるだけです。この姿は三重を失望させます。
藤木も父親と同じように自分のためではなく虎眼流を存続させるために、自分よりもお家を優先するに違いないと思い、自分の運命に絶望したのではないか。
もしかすると、三重は今でも心のどこかで伊良子を好いていた、という解釈もできるかもしれませんが、、、こればかりはなんとも分からない。
貝殻と三重の心境の変化
駿河城御前試合における藤木と伊良子の戦いの中で、三重の心情は「貝殻」という比喩を用いて描かれていました。
そんなわけで貝殻についても触れます。
藤木が伊良子を倒したとき、三重は涙を流しています。このときの三重の心情が次のコマになるんですが、注目すべききはその内容。
出典:シグルイ15 山口貴由 南條範夫 秋田書房
貝殻は藤木のことを指していますが、ここに「三重の潜みし魔は跡形もなく消滅」とあります。ここでいう「魔」とは伊良子のこと。
父親の仇である憎い相手、あるいは、恋も魔の一部なのかもしれません。
ここらへんは読者の読み方にお任せするとして、このまま試合が終わっていれば、藤木と三重は夫婦になれたはずです。ところが、伊良子の首はねにより三重は一気に失望します。
出典:シグルイ15 山口貴由 南條範夫 秋田書房
藤木が忠長の命により伊良子を首を切り落としたときの、三重の心情です。このとき貝殻の背景には血が流れています。
三重の失望、あるいは絶望を表現します。
過去のトラウマが蘇り、道場での羞恥を思い出した三重。藤木との将来に絶望を感じ自害したという流れに至る。
母親の自殺
藤木も父親と同じ道を歩んでいく、虎眼の晩年は精神を病でいましたが、それ以前に三重の母親が自殺をはかっていることは押さえておきたい。
自分も藤木と夫婦になれば、いずれ母親と同じような未来が待っていると悟った。それならと、自らの命を絶ったのでしょうか。
貝殻の背景に血が流れていたのは、三重が見ていた藤木は幻想にすぎなかったという意味も含まれているかもしれません。
出典:シグルイ15 山口貴由 南條範夫 秋田書房
15巻ラストを思い返してみると、ありもしない藤木の左手に指を絡めている三重の右手があります。これは、幻想を暗示する演出ともいえます。
伊良子の仕打ち後、三重は精神を病んでいたことを考えると、現実逃避をすることで自我を保っていたのかもしれません。
つまり、三重は伊良子を好いていたのではないというのが、当ブログの考察でもあるんですが、これは意見が分かれるところですかね。
オワリ
シグルイの続編の可能性
単行本ラストとなる15巻には無明逆流れ編「完」とあります。そうなると、駿河御前試合を扱った続編が描かれる可能性もありそうな気がします。
ですが、今のところシグルイの続編にあたる駿河御前試合を扱った作品は描かれていません。連載終了から何年も経過した現在では、続編の可能性は低そうです。
ですが、現在チャンピオンREDでは「衛府の七忍」が連載中。2018年のこのマンガがすごい!オトコ編にて5位にランクインしていた人気作品。
シグルイの続編の可能性はなさそうですが、山口貴由先生の他の最新作は読めるので、手を出してみるのもアリ。
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