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【ネタバレ考察】筒井康隆「ロートレック荘事件」の叙述トリック考察

ロートレック荘事件

これまで、さまざまな叙述トリックを扱ったミステリ小説を読んできましたが、本作はその中でもサクッと読めるボリュームでした。

ページ数にしてだいたい200ページほどと、かなり短めな作品。そのためでしょうか、犯人探しはやさしめです。

登場人物も少なく、必然的に犯人は絞られる。早い段階で犯行トリックの伏線が描かれるため、コイツが犯人だろ!と目星が付けやすい。

というわけで、今回は1990年に新潮社から出版された筒井康隆さんの「ロートレック荘事件」を取扱っていきます。

中の人
ネタバレありなので未読の方はご注意ください

一人称の叙述トリック

ロートレック荘事件

本作の叙述トリックは、主人公にあたる浜口重樹の従兄弟「浜口修」を、作中で徹底的に隠していたことでした。

浜口修の名前が出てくるのは第壱六章「錯」の最後です
中の人

「嘘だ。重樹がやったんじゃない」浜口修が悲痛にそう叫び、おれを皆から護ろうとするかのように抱き上げて、渡辺警部になかば背を向けた。
出典:ロートレック荘事件 筒井康隆|新潮文庫

そして、第十七章「解」から犯人である浜口重樹の犯行の告白へと展開します。もちろん、浜口修のセリフや修視点の章もありました。

なら、作者はどうやって浜口修を作中で隠したのかと言えば、一人称を「おれ」にすることで、どの人物のセリフかを曖昧にしたわけです。

たとえば、牧野寛子に夜這いにいく第七章や、木内典子の殺害を描く第十三章の視点は、浜口重樹ではなく従兄弟の浜口修の視点でした。

第七章「彩」、第八章「破」、第十章「逸」、第十三章「急」は浜口修がメイン視点。ちなみに、第十五章の「転」は立原絵里の視点でした。

ほかにも、叙述トリックを成立させるために、作者の隠ぺい工作はいたるところにあり、そこらへんをさらにツッコンで考えていきます。

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三人の関係性

作品に登場する男性陣は工藤忠明、そして浜口重樹の二人だけのように錯覚させていますが、ロートレック荘にいたのは二人ではなく三人です。

これが、ロートレック荘事件で使われた叙述トリックのすべて。隠されていた人物とは、浜口重樹の従兄弟である浜口修でした。

「序」では、浜口重樹くん8歳が不慮の事故で下半身が成長しない体に。この事故の加害者は、工藤忠明と錯覚させていますが、本当は浜口修でした。

そして、この事件をきっかけに、修は重樹のために生きていくことを誓った。そこで、ここからはミスリードではない本当の関係性を見ていきます。

中の人
分かりやすいように視覚化してみました

ロートレック荘事件 ネタバレ考察

工藤忠明は、大学で知り合った親友という関係性です。そして、浜口重樹の従兄弟にして、20年前の不慮の事故の加害者になったのが浜口修。

「序」において、一人称が「おれ」になっていることから、主語(工藤なのか修なのか)が誰かを曖昧にしていたわけです。

忘れることなどできない。おれと重樹がともに八歳のときの夏だった。
出典:ロートレック荘事件 筒井康隆|新潮文庫

冒頭の文章で、『「おれ」と重樹』と、「おれ」になっています。この「おれ」を工藤忠明とミスリードさせていたのがミソでした。

くり返しになりますが「おれ」とは工藤忠明ではなく浜口修。この一人称の「おれ」が読者のミスリードを誘う原因と同時にクセモノでした
中の人

第二章「起」の冒頭

浜口修を読者に気づかせない書き方は、第二章の冒頭でのやり取りが分かりやすいです。この場面は重樹たちが、長野の別荘にいく車内での会話。

車内には二人しかいないように見せているのは、一人称が「おれ」にしているためです。車内には二人ではなく、三人いたのです。

だれがどの会話をしゃべっているのかを順を追ってみていきます。

「ついにあの別荘、ロートレック荘なんていう呼び名がついたらしいぜ」運転手の工藤忠明が笑いながら言った。
出典:ロートレック荘事件 筒井康隆|新潮文庫

このセリフは、車を運転している工藤忠明とはっきりと明記していますので分かりやすいです。では次のセリフはどうか。

おれは唸った。「なんとも皮肉なことだよなあ。よりによって木内文麿氏のコレクションの対象が、おれとよく似た姿かたちのロートレックとはな」
出典:ロートレック荘事件 筒井康隆|新潮文庫

でてきました!

一人称「おれ」。自分のことをロートレックに似ていると発言しているので、事故により下半身が成長しなくなった浜口重樹を指しています。

そして次、まだまだ続きます。

「もっとも、君が怪我したのは八歳の時で脊髄、ロートレックはたしか十四歳で両足の骨折という、まあ、そういったような違いはあるがね」
出典:ロートレック荘事件 筒井康隆|新潮文庫

このセリフは後藤忠明によるもの。問題は次のセリフの人物です。

「いやいや。因縁はまだあるな。おれが絵かきになっちまったという因縁だ。」
出典:ロートレック荘事件 筒井康隆|新潮文庫

ここでまた、「おれ」が登場します。

この「おれ」は浜口重樹ではありません。重樹は絵かきではなく作家です。絵かきは浜口修の方ですから、このセリフは修になります。

このように同じ章であっても、「おれ」が誰を指しているのか、発言する人物が違うのです。この作品の叙述トリックが分かってきたはずです。

セリフの主を順番に並べてみると、

工藤忠明⇒浜口重樹⇒工藤忠明⇒浜口修

となります。一人称を「おれ」に統一することによって、浜口修のセリフを重樹のセリフにすり替えていたのです。

見取り図の罠!

本作の叙述トリックは浜口修の存在を隠すこと。その手口として、一人称を「おれ」にしてカモフラージュさせていたわけです。

つまり、浜口修のセリフを浜口重樹のセリフであると読者に混同させること、といってもいいわけですが、ただ、ちょっとまて!と。

文章だけなら混同させるのは分かるけど、ロートレック荘の見取り図もあり、あれはどうやって誤魔化していたの?と疑問が湧きます。

そこで見取り図の登場です。

ロートレック荘事件 ネタバレ考察
出典:ロートレック荘事件 筒井康隆|新潮文庫

この図をみると分かるように、浜口重樹と書かれていますが、これは浜口修、浜口重樹の二人が一緒の部屋に泊まっているという意味になります。

なんで修だけが名前じゃなくて苗字だけなんだ!というツッコミは確かにありますが、作者があえて見取り図を登場させた男気には拍手!

ただ、典子、寛子、絵里と女性陣は名前が、男性は苗字が、別荘オーナーはフルネームと、記載されている名前に一貫性がないのが非常にうまい。

さらには、現オーナーがフルネームなので、前オーナーの息子という立場から浜口重樹もフルネームで記載、というミスリードも誘っています。

中の人
よく考えられています

浜口重樹の想い

浜口重樹の感情についても考えてみたい。

重樹の犯行動機は、浜口修という「庇護者」が自分のことを第一に考えてくれなくなるのでは?という嫉妬心からでした。

ただ、被害者の中には、重樹のことを本気で愛していた者もいました。木内典子さんです。彼女は重樹の才能に惚れ込んでいた。

ですが、重樹は、身体的コンプレックスから心が歪んでしまった。実際、牧野寛子が愛情を振りまく素振があります。

彼女の優しさに触れた重樹は、自分に好意を抱いているのでは思うも、すぐにその感情を抑制し自制するのです。

彼女の行為はあくまで、同情心から出た者だ。勘違いしてはいけない
出典:ロートレック荘事件 筒井康隆|新潮文庫

この優しさは「愛情」ではなく「同情心」からくるものだと思ってしまうのです。

実際、寛子は修と一夜を共にしていることから、寛子が重樹に向けていた感情は愛情ではなかったのだろう。

その上、自分に好意があると感じた女性が、修との初夜を知ってしまった重樹の心境は、そうとうなものだったはずです。

この出来事が重樹の心をさらに閉鎖的にさせ、木内典子の愛情を歪曲して受け取ってしまった。本当に愛しているのに・・・。

それを知るのは、すべての犯行を実行して警察に捕まり独房に入ったときだったとは、なんとも悲劇的なラストでした。

おわにり:ロートレックと浜口重樹

今回の主人公にして犯人の浜口重樹の特異な体系のモデルとなったのは、本作のタイトルにもあるように画家のロートレックです。

ロートレック

重樹とロートレックを重ねて説明する箇所がいくつか登場します。また、ところどころに差し込まれたロートレックのポスターも印象的でした。

これらのポスターはいったい何を意味していたのか?
中の人

意味合いはそれほど見いだせなかった。ロートレックの世界観を出すために、差し込まれたというくらいしか指摘できない。

そもそもロートレックという画家についてほぼ知識ゼロなので、美術的観点から指摘するのは限界があります。ご勘弁を。

ロートレック荘事件ロートレック荘事件 筒井康隆
出版社: 新潮文庫
発売日: 1995/1/30
言語: 日本語
ISBN: 4101171335

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