この作品は、某元芸能人がテレビで「面白いよ」と言ったのがきっかけとなり、人気に拍車がかかったようです。
ただ、人気はあるけど作品の評価はそこまで高くないんです。その理由として、トリックに納得がいかない読者が多いようです。
けど、それを差し引いても魅力は十分にある。そこで、本作の叙述トリックを考察しながら、アレコレ書いていきます。

叙述トリックの醍醐味
叙述トリックの醍醐味は二周目にありというのが持論でして、今作もまさに二周目も面白かったと思えた作品です。
男だと思っていた主人公が実は女性だった、青年だと思っていた主人公が実は爺さんだった、現在の話だと思ったら一年前の話だった、、、
ネタを知る前と知った後で作品の表情が変わるのが叙述トリックの魅力の一つ。1つの文章に二つの意味を持たせる。
読者を騙そうとする文章と作者の意図。なら、本作で使用されていた叙述トリックはといえば、「年齢によるトリック」でした。
女を貪る主人公設定も、ヤングな装いも、すべて読者を騙くらかそうとする、作者の罠(トリック)にしてやられた。
主人公にみる叙述トリック
まずは冒頭。女を買いあさるエロ主人公こと、成瀬将虎(なるせ・まさとら)という人物像から見ていきます。
若さの象徴=息子の元気度
は固定観念の王道。
息子の元気がなくなってきたという悩みは若者よりはおっさんの悩み。今作ではおっさんを通りこしておじいちゃんではあったがw
射精したあとは動きたくない
出典:葉桜の季節に君を想うということ 歌野晶午
最初の一行目。
この文章からどうして成瀬がお爺ちゃんだと思うだろうか。性欲旺盛な成瀬、まずこの設定が叙述トリックを隠すポイントの一つでした。
探偵時代のエピソードも、叙述トリックを隠すためといえます。ほかにも、「ネガティブ」や「バイタリティー」などのワード。
70歳にしてはヤングなセリフに思えますが、若い女性と交流していたことを考えると、違和感はさほどありませんでした。

キヨシというサブキャラ
たとえば主人公・成瀬を慕っていた後輩キヨシの言動はけっこう、というか、かなり穴ボコだらけの設定でした。
キヨシは青山高校に通う高校生、読者には10代に見せかけて登場(実際は60代)しますが、言動にほころびが目立ちました。
「六本木で一杯やっていくか」
俺はキヨシを誘った出典:葉桜の季節に君を想うということ 歌野晶午
成瀬がキヨシを誘うとき、「一杯やっていくか」と飲酒をほのめかすニュアンスを残していて、序盤ですでに違和感を感じてしまいます。
キヨシの言動には、ほかにもコイツ成人過ぎてんだろ!という描写がありました。
キヨシが感慨深げにタバコをくゆらす。
「高校生は喫っちゃいかん」
俺はタバコを奪い取る。
出典:葉桜の季節に君を想うということ 歌野晶午
普通にタバコ吸ってますやんw
綾乃という妹
ほかにも主人公・成瀬の年齢トリックが分かりやすい描写として、妹の綾乃の容姿を説明した箇所がありました。
鏡の中の綾乃は、髪は金色、ちりちりにパーマがかかり、サイドに赤のメッシュまで入っている。ワンピースは、赤地に白で蔓草(つるくさ)模様を描いたもの。肩の部分はシースルーになっている。
出典:葉桜の季節に君を想うということ 歌野晶午

綾乃の年齢は、20代半ばくらいかなと思っていたけど、そうして読み進めていくと、いきなり「ちりちりのパーマ」をしているという。
ちりちりのパーマといったら、大阪のおばちゃんが頭に浮かんでしまった。少なくとも若い女性に使うワードではない。
ヒロインにみる叙述トリック
若者と思わせて、実は爺さん婆さんたちが主人公だった。これが、本作「葉桜の季節に君を想うということ」で使われていた叙述トリック。
今までは主人公・成瀬とその周囲の人物から考えていきましたが、今度はヒロインの麻宮さくらを考えていこうと思います。
秀逸な名前
タイトルにある「葉桜」にはヒロインのさくらが掛かっていたわけですが、この名前の付け方はけっこう秀逸だったりします。
この作品が発表されたのが2003年、その時点での70歳と考えると、生まれは戦前より前。女性によくある昔の名前といえば花の名前。
梅さん、菊さん、松さん、といった名前を付けることは今ではほとんで見かけない。一方で「桜」といの名前も昔からあった。

こうした言葉のニュアンスや、イメージは叙述トリックには度々登場しますが、同時に、日本語というか言葉の面白さを感じます。
ほかにも「女」という言葉。
女というと、無意識に若い女性という固定観念を持ってしまいます。女というニュアンスにはどこかナマナマしさを帯びているからか。
こうした言葉のニュアンスは、普段意識していないからこそ固定観念にハマりやすい。そこをこの作品はうまくついていると思った。
さくらの揺らぐ感情
個人的に、府が落ちなかったのはさくらの複雑な感情です。ただ、さくらの性格を丁寧に読んでいくと理解できると思います。
ただのカモだったはずなのに、気がついたらあなたのことを好きだと思う自分もいて、だから、死んだら悲しいから、助けなければならないと・・・
出典:葉桜の季節に君を想うということ 歌野晶午
さくらの性格は、その場の雰囲気に流されやすい女性。はじめは、蓬莱倶楽部にいやいや手を貸していたが、いつしか率先して手を染めはじめる。

古屋節子は昔から何でも買ってしまう女だった。物が好きなのではなく、その場の雰囲気でつい買ってしまう。
出典:葉桜の季節に君を想うということ 歌野晶午
「古屋節子が築いた屍」の最初に書かれたさくらの性格。成瀬と一緒に過ごしていく中で感情が揺らいでいったのも分からなくはないか。
小道具による伏線がニクイ
叙述トリックのヒントを作中でどこまで読者に晒すか、ここも作者の腕の見せどころ。本作はかなり巧みだったと思います。
ジル・モンロー
たとえば成瀬が例えていた有名人。
チャーリーズ・エンジェルのジル・モンロー。チャーリーズ・エンジェルは映画が有名ですが、元はテレビドラマのシリーズ。
さらに作品やどの俳優が登場していたかは知っていても、役名まで(ファンであれば別だろうが)憶えていることは実際少ない。
映画「シン・ゴジラ」に登場する石原さとみや竹ノ内豊など役者の名前は覚えているが、役名をフルネームですぐには思い出せるだろうか。
成瀬が例えたジル・モンローは、テレビドラマシリーズ第一作目の役名。多くの読者はテレビ版ではなく映画版をイメージしたに違いない。
携帯電話の機種名
ほかにも携帯電話の機種にもトリックのヒントがありました。
俺はオンとオフを区別するために携帯電話を二台持っているのだが、F6なんとかとかN50なんとかiなんとかといった機種名を覚えるのが面倒なので(以下省略)
出典:葉桜の季節に君を想うということ 歌野晶午
F671iやF671iSはドコモから発売されていた「らくらくホン」という年配向け携帯電話。操作ボタンや文字が大きく表示される特徴があります。
しかしである!
一応これらは伏線ではあるのだが、ここから叙述トリックを見破るのはほぼ不可能だと思う。
理由は
古すぎるから。
ただ、読み返したときにこうしたところに、作者の巧妙なヒントが隠されていた、そういうのを発見するのもまた面白い。
「なりすまし」の伏線について
年齢による叙述トリックのほかに、もう一つの主人公とヒロインが他人になりすトリックも使用していました。
ただ、年齢トリックに比べて難易度はすこぶる高く見抜けなかった読者の方が多いかもしれません。ヒントとしては成瀬がみていた墓堀りの悪夢。
土をすくって後方に撒くと、時折その中にキラリと光るものがまぎれている。五円玉、十円玉、百円玉、さらに目を凝らすと、百円札や千円札も確認できる。
出典:葉桜の季節に君を想うということ 歌野晶午
成瀬がみた悪夢の一部だが、土を掘ると古銭が出てくるというのは、なりすましをしていた安さんが話していた昔話と一致します。
しかし、だからといって成瀬が安さんに「なりすまし」ていたことまでは確信できなかったように思います。
おわりに
もう10歳ほど若ければ理解できなくもない。60歳代ならおキレイな女性も多いですからね(マ、マジか・・・)。
ただ、70歳はさすがに介護プレイですか?と思うレベル。テレクラで男漁りするさくらに「そんなバカな」と本気で思ったゼw