映画「ザ・ウォーカー」感想 主人公イーライは結局盲目だったのか

2010年に公開された映画「ザ・ウォーカー」。Amazonプライム(2017年6月現在)でも観れるんですが、これが面白い!

観終わった後で「時間のムダだった」とはならない作品です。そしてもう一度観たくなる作品でもあるんです。というのも意味深な描写が多い。

この作品はセリフでの説明ではなく映像だけでポーンと表現してるので、あとは観た人がどう感じるか、監督の意図を見つけられるかといった作品ともいえます。

たとえば冒頭、世界戦争が勃発し死の灰が降り注ぐぐシーンで一人の兵士の死体が横たわっている。その後シーンが代わり主人公イーライが道を歩いている。

車を見つけたイーライはドアを開けて中をのぞくと運転席に白骨化した人間がいる。これは死体の状態からかなりの年月が経過していることを表現しています。

ストーリーが進んでいくとイーライが30年以上もウォーカーとして生き延びてきたことが判明しますが、やはりこの作品は映像のみで説明している節が強い。

スポンサーリンク

ストーリー・あらすじ

大規模な戦争により、文明が崩壊した世界。誰が名づけたかウォーカーと呼ばれるその男は、30年間、世界でたった1冊だけ残る“本”を運び、「西」へと旅を続けている。

本を守るため、行く手を阻む敵は容赦なく殺す。彼の目的地はどこなのか?その本には何が記されているのか?

一方、大勢の盗賊たちを率い、王国に君臨する独裁者カーネギーは、世界を支配するためにどうしても必要なその本を手に入れるため、旅を続けるウォーカーの前に立ちはだかる。

砂塵渦巻く荒野を舞台に、世界を揺るがす一冊の本をめぐる壮絶な死闘が開始された―!旅の先にあるのは、荒れ果てた世界の希望か絶望か!?2人の男の戦いの果てに、驚愕の結末が待ち受ける
出典:内容紹介|Amazon.co.jp

イーライ問題

注意深く観ていくといろんな気づきがあるわけですが、この作品最大の疑問は

主人公イーライは結局盲目だったのか?

という点です。

映像によるヒントは幾度となく登場していますが、最後の最後までイーライが盲目だったのかは説明されていませんでした。

というわけでこの疑問を探っていきます。ちなみに、この記事は鑑賞済みの方向けのレビューなので初見さんは作品を観てから再訪問よろしく。

3つの違和感

冒頭の演出

ザ・ウォーカー
出典:(C)2010 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

まず注目したいのが冒頭。戦争により文明が崩壊した後の世界を描いているため、画面全体が暗く荒廃とした世界を表現していますが、それにしても冒頭はとくに暗く、まるで白黒映画のようになっています。

この演出にはもう一つイーライが盲目であることを暗示しているのではないのか。主人公が見ている世界、白黒の世界=盲目の世界を表現していたのではないかとも取れます。

ちなみにこのあとストーリーが進むにつれて、画面に色がつき始めていきます。この違いも注意して観てください。

聴覚と嗅覚と動作

ザ・ウォーカー
出典:(C)2010 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

独裁者カーネギーの街に立ち寄ったイーライがとあるいざこざから銃撃戦になるシーン。このとき赤ちゃんの泣き声がしたとたん、急に動きが止まる。目の前で銃を構えている敵がいるにもかかわらず。

これはイーライが視覚ではなく聴覚に頼っている演出ともとれ、そう考えてこの銃撃戦のシーンをもう一度観ていくと目視→発砲ではなく敵の発砲→自分も発砲になっていることに気が付きます。

これも聴覚に頼っているからこその動きではないかと指摘できます。実はこのほかにも聴覚やあるいは臭覚に頼るイーライの動作が髄所に描かれているんですよね。

冒頭のクローゼットの中で靴を見つけたときはその典型でしょう。クローゼットの扉が壊れる(聴覚)→死体を発見する(嗅覚)→クローゼットで首をくくる死体に触れる(触感)。

視覚による描写は一切ありません。クローゼットを開けたイーライが驚いたのは目の前の死体ではなく、実は扉が壊れた音に反応していたんだと気づいたとき、この作品スゲーと思ったね。

スポンサーリンク

顔のアップ

ザ・ウォーカー
出典:(C)2010 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

アルカトラズ刑務所に辿りついたイーライはそこで口述筆記によって聖書の文言を書きとめていった。あのときイーライの顔へとカメラがよっていき「光があった」というセリフでイーライの目がドアップに映っていました。

これはいろいろな解釈が含まれていますが、その一つとしてイーライが盲目だったことを最後の最後ネタバレしたのではないかとも考察できます。

点字の聖書

ただ注意したいのが点字の聖書だからイーライが盲目だったというのは早計かなと。まずイーライの職業は本屋の店員でした。そのため職業柄点字が読めていた可能性は否定できません。

おそくらイーライは戦争後に視力を失っていった可能性が高いので、元々点字は読める教養はあったと思うんです。聖書が禁書として処分される対象となっていたことから、点字の聖書しか残ってなかったのかもしれません。

もちろん最後のオチから考えれば点字の聖書もイーライの盲目を演出するピースの一つなのでしょうが、決定的証拠とは言い難いと思いました。

なぜ修理店を見つけられたのか

今までの考察からイーライはやはり盲目だったと思います。ただ、盲目にしては動きがサクサクしていました。個人的に引っかかったのは街で修理店をどうやって見つけることができたのかという点。

これについては、イーライが街へ入ると人の声や生活音が急に大きくなり誇張されていたので、耳を頼りに街の様子を伺っていた演出なのかなと思います。ただ「映画」ですし、この作品のオチを考えると多少の違和感は許容範囲ですかねwww

ちなみに修理店のおっちゃんにイーライの手を見せるシーンがありましたが、あれは「人間の肉を喰うと手が震える」ので、その確認のためです。

結論
イーライは盲目だった可能性が高い!

こんな風に細かい点を観ていくと、イーライの行動や演出の理由が分かってきて面白いですよ。プライム会員の方は週末あたりもう一度観てはいかがでしょうか?

スポンサーリンク

1 個のコメント

  • 明らかに靴を履いてない骸骨の足を直接触って確認したり
    明らかに水が出ない蛇口を開けてみたり
    クローゼットに行くまでに左足をぶつけたり
    、クローゼットの中の死体は明らかに靴を履いているのに触って初めて喜んでたり
    太陽の熱で起きた後、太陽を直接見ても眩しがらず、
    音楽も電池切れてるの知らずに再生してみたり、たった序盤の10分でヒント与えすぎ
    盲目プラス導き、として見返すと全てが違和感なく繋がります。とにかく天才が考えた最高の映画で最高の演技!

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です