中山七里さんによる連続殺人鬼カエル男は、第8回このミステリーがすごい!で最終候補になった作品で、このときのタイトル(原題)は災厄の季節。
2011年の出版にあたり「連続殺人鬼カエル男」と改変。表紙のポップさと相まって一見すると悍ましさは感じない。
で・す・が
内容はかなりハード。
さらには、叙述トリックという手法を取り入れた複雑な構成。そこで、今回はストーリーとトリックの二つに注目、まずはあらすじから!
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ストーリー編連続殺人鬼カエルあらすじ
第一被害者が発見されたのは、口にフックをかけられ、マンションの13階から吊るされた女性の全裸の死体。
そして、死体のそばには不気味なメモが。
メモに記された通りに犯行をおこない、そして、被害者を「カエル」に見立てた殺人事件がおこる。
子供が書いたかのように列は乱れ、稚拙で幼稚な平仮名だけの声明文。しかし、これ以外の遺留品はなく、指紋も目撃者もいない。
警察の懸命な捜査とは裏腹に、第二、第三の犯行は起こり、そんな犯人に対しマスコミはカエル男と名前を付けた。
新人刑事とベテラン刑事の凸凹コンビ!
この凶悪事件の捜査に当たるのが、最近刑事課に配属されたばかりの新米刑事、古手川和也。功名心が高く、早く成果を上げたいと息巻く若き刑事。
そんな古手川と行動するのは、ベテラン刑事の渡瀬(わたせ)。博識で頭脳明晰、鋭い観察眼から犯人を見つけ出していく。
刑事【本作主人公】古手川和也 | 新米刑事。今回の事件で肉体も精神もボロボロになるw |
渡瀬 | 凄腕ベテラン刑事。誰も気づかない箇所を指摘し、犯人を追い詰めていく |
被害者たちの情報整理
まずは、被害者たちの状況を整理していきたい。カエル男による犯行はこれまでに四件発生し、いずれも同様の手口。
被害者:荒尾礼子(あらおれいこ)
第一被害者はOLの荒尾礼子。マンション13階の庇(ひさし)に口からフックで吊るされた状態で発見される。
鈍器による頭部殴打、その後、紐による絞殺。殺害したのち吊るされたとみられる。死体の側には例の犯行メモ。状況から男性の犯行の可能性が高い。
その後の警察の調べて、死体があったマンションの住人ではないこと、差し歯の治療跡があったこと、最近恋人と別れたことが判明する。
- 凶器は鈍器及び細い紐(ひも)
- 犯人は男性か
- マンションの住人ではない
- 差し歯の治療跡
- 最近恋人と別れている
被害者:指宿仙吉(いぶすきせんきち)
第二被害者は70代の指宿仙吉、元教師。廃車工場のプレスで、潰された状態で発見される。凶器、手口は前回と同様。
現場に被害者の財布発見。わずかなお金と診察券が入っていた。人に恨まれるような人物ではない。財産は僅かで生命保険にも加入していない。
- 金銭による犯行の可能性低い
- 人に恨まれるような人物ではない
- 遺留品の財布には現金と診察券
被害者:有働真人(うどうまさと)
第三被害者は小学生の有働真人君。体をバラバラにされた状態で公園にて発見される。犯行、手口は前回と同様。
警察は聞き込みで真人君に偶然遭遇している。銀歯を覗かせる眩しい笑顔が特徴的な男の子。同級生からのイジメにあっていた。
この現場で、はじめて犯人と思しき足跡が発見される。足跡の想定身長は160~70センチ、体重は70~80キロとされた。
- 同級生からのいじめ
- 現場に犯人と思しき足跡
- 足跡の想定身長・体重明らかに
被害者:衛藤和義(えとうかずよし)
第四被害者は衛藤和義。殺害後、頭から灯油をかけられ黒焦げの状態で発見される。犯行、手口は前回と同じ。
40代の若さで糖尿病を患い車椅子生活、最近の健康状態は虫歯治療をしたくらい。夜の散歩中にカエル男に襲われたようだ。
第三の犯行に引き続き痕跡が発見される。犯人に襲われた際に手を噛み抵抗したのか、被害者の歯に肉片が挟まっていた。
- 糖尿病を患い車椅子生活
- 被害者の口から肉片見つかる
警察の捜査で浮かぶ容疑者
警察が目を付けたのは、過去に凶悪犯罪を犯した経歴のある精神障碍者。
注目したのは現場に残されていたメモだ。平仮名だけで書かれた稚拙な文章に、警察は異常犯罪者の可能性を疑った。
当真勝雄とカナー症候群
新米刑事、古手川は現場近くに住む当真勝雄(とうま・かつお)から捜査開始。彼は14歳のとき幼女を暴行の上絞殺、警察に逮捕されている。
だが、家庭裁判所でカナー症候群であると認定され不起訴に。現在は、保護司の指導のもと日常生活を送っていた。
カナー症候群
現在の彼の日常は、保護司による治療を定期的に受けながら、沢井歯科で雑務係として働いており、会社の寮で一人暮らしだという。
保護司:有働さゆり
当間勝雄の保護司となったのは、自宅でピアノ教室を開いている有働さゆり。ピアノを使った治療で、勝雄の自閉症治療をおこなっている人物だ。
さゆりが勝雄の保護司となったのは、精神科医の御前崎宗孝の強い推薦があった。御前崎医師は勝雄の主治医である。
また、さゆりも未成年の頃に、御前崎医師の治療を受けていた過去があり、そんなつながりから勝雄の保護司になったという。
刑法三十九条の歪みを問う
今回の事件でカギとなってくるのは、精神障碍者の犯罪問題。つまるところ刑法三十九条である。
- 心神喪失者の行為は、罰しない
心神喪失者、本作で言えば、当真勝雄が起こした幼女殺人、責任能力がないとして不起訴になっているが、その根拠となったのが刑法三十九条だ。
かりに、カエル男の正体が精神障碍者であったとしたなら、果たして司法は裁くことができるのか?この作品では司法の歪みを問います。
カエル男の犯人像
カエル男による四つの犯行、作中に登場する幾人かの容疑者たち、情報が出そろったところで、ここから犯人像へと迫る!
物的証拠
まず、注目したいのは第三被害者の現場に残されていた足跡だ。鑑識の結果から、この足跡が当間勝雄のものと一致する。
さらには、第一被害者がマンションの13階から吊るされたことから、男性という犯人像にも合致する。つまり、カエル男は勝雄!
・・・となればいいいんですが。
なら「真犯人」は誰なのか?
実際には気になる疑問が残っています。この違和感に気付いたのは、新米刑事の古手川。彼が注目したのは勝雄の指でした。
第四被害者の口内から、犯人と思しき肉片が検出されています。しかし、勝雄の指には、キズらしきものがなかったんです。
つまり、真犯人は別にいる??
連続殺人鬼カエル男ストーリー編まとめ
これまでのストーリーから、当真勝雄=カエル男なのは間違いないと思わされていたのは、作者が仕掛けたミスリードによるものでした。
冒頭でも少しお話しましたが、本作は叙述トリックを使用した作品、本当の黒幕は、最後まで読まないと分からない仕掛けになっています!
巧妙なトリックだけではなく、精神障碍者の責任能力を問う刑法三十九条を問題提起し、これがどうラストへと繋がっていくのか、結末は衝撃の一言!
トリック解説編連続殺人事件カエル男のトリック考察
ここからは、連続殺人鬼カエル男のトリックについて考察していきます。そのため、ネタバレもがっつりあります。
本作で使われていた叙述トリック
まず、第一被害者の現場状況から、犯人は男性ではないかと、読者に匂わせていました。
単独犯だとして、こいつを吊るすには相当の力が要るな
出典:連続殺人鬼カエル男 中山七里 宝島社
相当な力が要る、ここから犯人=男性、と読者に印象付けています。そもそも、犯人の名前からして、作者の情報操作はすでにはじまっていますw
カエル男
とね。
警察は犯人の性別は断定していない。カエル男という名前もマスコミが勝手に付けた呼称。そして、ページをめくる前から罠はすでに仕掛けられていた。
こんな風に、読者に犯人を気づかせないように、ミスリードを誘う手法を「叙述トリック」なんて言ったります。
ナツオと夏緒
性別をミスリードさせる叙述トリックはほかにもあります。それが、章の合間合間に描かれたナツオの回想シーン。
とくにミスリードを誘ったのは「ナツオ」という名前です。これもカエル男と同様、男性を連想させる名前ですよね。
しかし実際は・・・
曽我島夏緒(なつお)
名前が片仮名表記になっていたことも、男の子の名前を連想させます。ただ、「夏緒」と漢字で読むと、女の子の名前として違和感ないんだよな。
ナツオと当間勝雄
では、なぜ作者はナツオを男であるかのようにミスリードを誘ったのか。それはナツオの正体を勝雄にしたかったためですよね。
ナツオ=勝雄
ナツオは今回の連続殺人の加害者(カエル男)として描かれていました。性別を男の子のように偽ることで、真犯人を隠していたんです。
そのため、ナツオの回想シーンには、勝雄との類似点が数多くあったわけです。
- 二面性(従順性と残虐性)
- 幼女殺害の過去
- 殺害方法(紐で絞殺)
- 医療少年院
- 二面性(臆病な自分と強い自分)
- 幼女殺害の過去
- 殺害方法(紐で絞殺)
- 医療少年院
ミスリードも当然!なんたって、これが叙述トリックなんです。読み直してようやく分かったという人もいたのでは?
被害者の共通点と伏線
ここまで、叙述トリックのお話しでしたが、ここからは、四人の被害者の共通点となった伏線を振り返えります。
カエル男の被害者には共通点がありました。
第一被害者から順番に見ていくと、
- 荒尾礼子(あらおれいこ)
- 指宿仙吉(いぶすきせんきち)
- 有働真人(うどうまさと)
- 衛藤和義(えとうかずよし)
ア→イ→ウ→エ
と、被害者の名前が五十音順になっていた。カエル男は無差別ではなく、法則性に従い犯行をおこなっていたのです。
そこでです、
四人の共通点の伏線はちゃんと描かれていたのでしょうか、つまり、読者はこの法則に気づくことができたのか?
被害者 | 描写 |
荒尾礼子 | 差し歯の治療跡 |
指宿仙吉 | 遺留品の財布に診察券 |
有働真人 | 銀歯を覗かせる |
衛藤和義 | 虫歯の治療跡 |
こうして整理してみると、いずれの被害者も最近歯科医院を利用した伏線が説明されていました。
ちなみに、
同業者から殆どの患者を奪ってしまい、結果的に三つの町で唯一の歯科医院
出典:連続殺人鬼カエル男 中山七里 宝島社
と、この地区一帯の歯科医院が沢井歯科のみであることも説明されていた。犯人が五十音順で殺害していったのも、カルテ順でしたよね。
カルテはアイウエオ順に整列しており、名前にはフリガナも書いてあります。漢字が読めない当真勝雄でも問題なく読むことができた。
カエル男の真犯人と動機
真犯人のしっぽをつかむのは非常に困難です。犯人が浮上するも、その裏に犯人を操る真犯人がいて、さらに、、、となっていたからです。
詳しく解説していきます。
まず、警察が最初に犯人と目星をつけたのは当間勝雄でした。しかし、彼を操っていた真犯人が別にいたわけです。
有働さゆり
です。
さゆりは勝男の保護司で、定期的に音楽療法を施していた。そんな勝男は、さゆりに絶対の信頼を寄せていた。勝雄を操るのは造作もないこと。
しかし!
さゆりが真犯人ではなかったんです。さゆりを操っていた黒幕とでもいうべき人物が他にいたんです!その人物とは、
御前崎宗孝(おまえざきむねたか)
御前崎は、有働さゆり、そして、勝雄に深い関わり合いを持っていた人物です。この点については、序盤にて説明されていました。
- 勝雄:医療少年院時代の矯正スタッフ
- さゆり:府中少年院時代の担当医師
さゆりに至っては「父親のような存在」とまで言っており、まさか、最後の最後で御前崎に操られていたとは。
有働さゆりを操り連続殺人を行わせた。さゆりは犯行が警察にバレないように、偽装工作をし勝雄を偽の犯人に仕立て上げた。
これらすべて裏で操っていたのが御前崎だったんです。では、御前崎の動機はなんだったのか、彼のセリフから考えていきます。
彼らがどんな罪を犯そうが誰も罰することはできない。殺された四人の遺族はさぞかし無念だろう。今回ばかりは世論も三十九条を永らえさせたことを後悔するだろう。
出典:連続殺人鬼カエル男 中山七里 宝島社
これまで殺害された四人の被害者、彼らには「同じ歯科医に通っていた」という共通点はあったが、これは殺害方法であり動機ではない。
現に四人の被害者と御前崎の関係を確認しても、
被害者 | 御前崎との関係 |
荒尾礼子 | 無関係 |
指宿仙吉 | 無関係 |
有働真人 | 無関係 |
衛藤和義 | 三年前の事件の加害者側弁護士 |
関係があるのは、三年前に娘を惨殺した犯人側の弁護士だった衛藤和義のみ。犯人は精神障碍者の少年で、この裁判で無罪となった。
衛藤への恨みから復讐の機会を狙っていた御前崎は、偶然にも歯痛で沢井歯科を訪れた時、衛藤和義を見かけた。
それが、今回の連続殺人を着想するキッカケとなったわけだけど、それ以外の被害者とはなんら接点も動機もないのだ。
娘の復讐?無差別殺人?御前崎は、どんな残虐な殺人を犯したとしても、心身喪失者を理由に罪は問われないことをイヤというほど知っています。
その法的根拠となる刑法三十九条そのものに復讐したのです!
つまり、御前崎は刑法三十九条を根拠にもし今回の連続殺人事件が無罪になるようなら、世間が黙ってはいないはずだと、これが御前崎の動機でした。
連続殺人鬼カエル男の衝撃ラスト
結局のところ、実際に連続殺人を実行したのは、御前崎に操られていた有働さゆりでした。
つまり、御前崎を逮捕できなかった。
しかし、ラストでは、さらなるどんでん返しが待っていたんです。ベテラン刑事、渡瀬の言葉を借りれば因果応報です。
今回の連続殺人事件で逮捕された当間勝雄は、犯人の汚名を着せられていたにすぎず、実行犯ではありませんでした。
そして、刑法三十九条を根拠にすぐにシャバに。しかし、さゆりによって、自分こそカエル男だと信じきっている勝雄は、さゆりに代わり連続殺人を続けていくのです。
次の被害者は、「オ」からはじまる名前の人物。そして、最近歯の治療のために沢井歯科に通っていた人物。
つまりは。。。
連続殺人鬼カエル男まとめ
叙述トリックものは、一読しただけではつながりは見えにくいですが、それがゆえ2週目、3週目と再読する人は多い。
渡瀬がビリーホリディの曲から「私刑」を連想させる場面は、実は真犯人の動機のヒントになっていたとは、読み返したからこそ分かるセリフです。
今回の考察では、あくまで本作のごくごく一部。再読することで新たな気づきもあるはずです。ぜひ面白かった場面をコメで教えてくださいね。
オワリ