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【ネタバレ考察】アヒルと鴨のコインロッカー 秀逸な叙述トリックに脱帽!

アヒルと鴨のコインロッカー ネタバレ考察

文才があるというのはこういうことなんでしょうね、と勝手に納得。文章の巧みさもあり、小説として普通に楽しめた作品です。

とはいえ、ここでは叙述トリック考察がメイン。

文脈に関係ないセリフやら文章が突然、ポーンと飛び込んでくるため、叙述トリックを見破ってやろうと目をギラギラさせて読んでいると見抜けない。

つまりは、私です。

ミステリ作品は理論構成がほぼほぼしっかりしてるので、サクッと読みやすいジャンルだと思うわけです。心情描写も、あまり深くは描かれないことが多いため、解釈の幅が狭いとも言えます。

ですが、本作は意味ありげな文章のオンパレード、ブータンと日本の価値観の違い、ブータンの特徴なんて知らんがなと、思うわけですが、結局はそれらに引っ張られ過ぎました。

ボブ・ディランってなんやねん!

と思ったら、最後の最後で伏線回収されて、これは参ったと、降参するしかありません。無駄な文章なんて一粒もないんですよw

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[aside type="warning"]ネタバレありの考察なので、まだ読んだことがない方はサヨラナ[/aside]

全体の構成

本作は2003年に発表された伊坂幸太郎の作品。作中に採用されていた叙述トリックについて触れておきますと、

[aside type="boader"]ブータン人のドルジが河崎(かわさき)になりすましていた[/aside]

というのが叙述トリックのネタバレになります。

「二年前」と「現在」を交互に描きながら、ドルジ・琴美・河崎の三人の物語に強制参加させられた本作主人公にして脇役の椎名が描かれる。

トリックが判明したところで全体の構成から調査していきます。まずは骨組みだけを明らかにします。そうすることで、スッキリクッキリと伏線を浮かび上がらせます。

押さえておきたい設定は二つ。

[aside type="boader"]

  1. ドルジの容姿は日本人そのまんま
  2. 日本人は外国人が苦手という国民性

[/aside]

小説の根拠は小説にあります。これは真理です。なので、ブータン人と日本人の区別がつかないなんてありえない、とか、日本人は外国人に苦手っていつの話だよ、とかツッコミはあるかと思いますが、本作ではしつこいぐらい上の二つの設定は取り上げています。

なぜかといいますと、本作の叙述トリックの幹になるからですね、ハイ。

オレオレ

まずドルジの容姿についてですが、琴美とドルジの初対面、琴美の友人・康子に会ったとき、ペット殺し犯に因縁を付けられたとき、そして椎名のときと、何回も何度も「ドルジは日本人に間違われる」という説明をしていました。

「はいはい、お兄ちゃん、びびってるなら下がってて」男が笑った。「ヤメテクダサイ、だってよ」とドルジの言い方を真似する。片言の日本語で喋るブータン人と、怯えて口の回らなくなった日本人との区別は難しい
出典:アヒルと鴨のコインロッカー 伊坂幸太郎

ペット殺しの犯人たちなんて、ドルジと会話してもビビってると思い外国人だとは思わなかった。もしかすると、コイツらは最後までドルジがブータン人だと知らなかった可能性があるほど。

本作では根拠となる説明は何度もしているので、ドルジがブータン人になりすましていたというトリックには、個人的には全くといっていいほど違和感はなかった。

暗黙の了解

そして、もう一つの「日本人は外国人が苦手」という説明も度々登場しており、読者に印象付けていました。琴美、椎名、康子、椎名の大学の友人。さっきと同様です、作中に何度も登場するってことは、それだけ重要だと作者が考えているからですね。

暗黙の了解みたいなものがあるじゃないか。それを共有しない外国人とわざわざ話をするなんて、面倒臭い
出典:アヒルと鴨のコインロッカー 伊坂幸太郎

椎名の大学の友人・佐藤のセリフが外国人に違和感を感じる理由をよく言いあらわしています。佐藤が言っている「暗黙の了解」は、ドルジと琴美や河崎の会話で登場していた価値観や倫理観、宗教観ってことになるんだろう。

彼(ドルジ)はやはり、自分とは異なる世界の人間なのだな、と実感する
出典:アヒルと鴨のコインロッカー 伊坂幸太郎

ドルジと同棲している琴美も、ドルジとの価値観の違いを感じている描写もあったりしてたわけで、こうした伏線からドルジが河崎になりすます十分な根拠を示していました。それにしても文章の組み立て方が旨すぎます、そりゃ人気作家にもなるわけだ。

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河崎がドルジだと見抜けるか!

冒頭で言いましたが、私は叙述トリックは見抜けませんでした(残念!価値観や倫理観周りの心情描写に気をとられすぎちゃいましたが、その心情描写すらも実は作者が残したフックだったという神伏線でしたので、お手上げです。

ですが、もう一度、今度は心情描写なんてクソくらい!という意気込みで再読してみると、まぁ、伏線はしっかりとありました。そこらへんを次に見ていきます。

見た目

まずは見た目、日本語をがんばって流調に話せても見た目は天性のもの、努力もへったくれもありません。椎名が河崎になりすましていたドルジの最初の印象でこう言ってました。

背が、僕よりも高い。その割に肩幅はなくて、細身だった。短めの髪は分け目もなく、ラフな雰囲気だ。(中略)日焼けしているのか、肌の色は濃い茶色をしていた
出典:アヒルと鴨のコインロッカー 伊坂幸太郎

一つ気になるのは肌の色。茶色ではなく、濃い茶色と説明されています。日本には松崎しげるのような男はいるが、日本人の誰一人として憧れていない。

大学入学前といったら、季節は三月下旬ごろ。日焼けするにしても焼く時期ではないわけで、日焼けサロンに通っていると椎名は思ったのだろうか。ちょっぴり引っかかった。

ちなみに本物の河崎の容姿はというと

相変わらずの中性的な顔立ちだった。細くて柔らかそうな髪は美しく、目が大きかった。くっきりとした眉毛が鋭敏な印象を作っている
出典:アヒルと鴨のコインロッカー 伊坂幸太郎

細身であることは一致していますが、髪の毛、肌の色など微妙なところもある。また、ドルジは河崎のことをボブ・ディランに雰囲気が似てるとも言っていたが、ディランはしげるではない。

発音・イントネーション

河崎になりすましていたドルジの日本語の発音に関する伏線もけっこうありました。「カワサキ」の「カワ」はどんな漢字を書くのか椎名が訪ねると、「どちらでも」と濁していた。

彼の、「アピール」という声がとても綺麗で、僕は思わずうっとりした
出典:アヒルと鴨のコインロッカー 伊坂幸太郎

ほかにも、シャローンとマーロンの話をし終えた後の挙動に違和感があったり、ドルジが話す英語の発音がキレイだったのも日本語を話す外国人あるあるですよね。

セリフ

作中では目に残るような名言というのもいくつか登場しましたが、その中でも二つ、伏線に関係するセリフについて触れたい。

河崎になりすましていたドルジは「楽しく生きるには二つだけ~」からはじまるセリフを度々話していました。

「楽しく生きるには二つのことだけ守ればいいんだから。車のクラクションを鳴らさないことと、細かいことを気にしないこと。それだけ」
これは日頃から、ドルジにも言っていることだった
出典:アヒルと鴨のコインロッカー 伊坂幸太郎

このセリフは琴美がドルジに言っていた言葉であって、河崎が口グセのように言っていたことに違和感を持ったかもしれない。少なくとも二年前の河崎はこのセリフは一言もいっていなかった。

もう一つは「裏口から悲劇が起こるんだ」というセリフ、これはペット殺害犯がファストフード店の裏口から逃げたことで、琴美を失ってしまったドルジのトラウマからくるものでした。

何が何でも、裏口を見張る人物が必要だった。ただ、椎名を選んだ理由ってのが「ディランを歌っていたかだよ」っていくらなんでもキザすぎるな、オイ。

こっちが恥ずかしくなるようなセリフでしたw

そういえば、はじめ河崎になりすましていたドルジは「俺は死から復活したんだ」と意味深なセリフもありましたが、これも伏線ってわけだったんですね。

日本語

語学力関連でいれば、ドルジは日本人並に流調に話せるようにはなったけど、漢字はまるっきしダメでした。「広辞苑」を盗むつもりが「広辞林」を盗んだりとヘボをやらかします。

シッポサキマルマリと名付けた猫のシッポにクジを結びつけたのも、字が読めないドルジの代わりに椎名に新聞を読んでもらうための作戦でした。

椎名の大学の教科書がなくなったのもドルジの仕業。

「題名が読めないから、全部、隠したわけ?」
「そのとおり」
河崎が照れたように、髪を触った。
出典:アヒルと鴨のコインロッカー 伊坂幸太郎

ドルジが椎名の教科書を隠してまで秘密にしようと思ったのは、外国人だとバレないようにするためでした。ここにも日本人の外国人アレルギーが関係した行動でした。外国人アレルギーが今作において重要なウエイトを占めているのか分かります。

それぞれの結末

ここからは、登場人物のラストを考察していきます。決して後味のいい結末ではなかったかな。

河崎の自殺

エイズが発覚した河崎、彼の夢は365日を付き合った彼女の誕生日で埋め尽くすことwなんて壮大な夢を語っていましたが、関係を持った女性が亡くなったことをきっかけに自殺を図る。

「なるほど。たしかに俺は、格好つけて、沈んでいくタイプだな。なりふり構わず、というのが苦手だ」
出典:アヒルと鴨のコインロッカー 伊坂幸太郎

河崎は女性に対して本能のまま(遺伝子の導くまま)行動するタイプであるが、もう一つ、人生に執着しない、ブータン的な人生観の持ち主でもあった。

また、目に見えるものしか信じないともいっており、エイズが発症しても自殺を思い留めた理由はこうした信念によるものなのか。

それが、関係を持った女性の死=目の前に起こった事実としてあらわれたことで、自殺の引き金を引いたように思います。

ちなみにドルジと琴美の関係についてですが、女の人より好きなものってあるのと琴美が聞いたとき、

「ドルジと琴美」

とドルジを先に言ってたんですよね(しかも即答)。

琴美は河崎の美しい顔に見とれるシーンがあったり、もしかし河崎にトキメいちゃってるの!?って思ったりもしますが、河崎は琴美のことを好きだったかと聞けば、ちと違うように思った。

ドルジの結末

椎名と別れた後のドルジがどこへいったのかは詳しくは描写されていませんが、琴美が車に跳ねられたときに見た夢の中で、ドルジの結末を思わせる描写がありました。

車の走り抜ける県道が、まるで川のようにも見える。ドルジは爽やかな水の中へ、勢い良く飛び込んだのだ、とそう感じた
出典:アヒルと鴨のコインロッカー 伊坂幸太郎

ドルジは道路に迷い込んだポメラニアンを助けるために、躊躇することなく車道に飛び出したところで、琴美の夢は終わります。その後ドルジの行方は不明、生きているのかさえ分からず、読者の想像に任せる形で終わっていました。

江尻への復讐

江尻はペット殺しの三人組の一人、彼の実家の本屋が新聞に取り上げられたことで身元が分かり、河崎とドルが本屋を襲撃する計画を練っていた。

結局は河崎になりすましたドルジと椎名の二人が襲撃し、江尻はドルジによって拉致られ木に縛りつけられて放置(後遺症が残ったかは不明だが死ぬことはなかった)。

ドルジが江尻にした行為についても解釈が難しい。復讐でもなく、因果応報でもない(足を何度も刺した)、まして鳥葬でもない。鳥葬は人を殺すための儀式じゃそもそもないからね。

ただ、江尻を木にくくりつけた理由を「鳥葬だ」といったのはドルジ本人、そしてそれに突っ込んだの椎名であった。この二人のやり取りは、二年前に琴美とドルジのやり取りと重なる。

ただし、二年前のやり取りでは、「鳥葬」を自己解釈していたのは琴美だった。

悪い奴らとかさ、みんな鳥にくわせちゃえばいいんだよ」
出典:アヒルと鴨のコインロッカー 伊坂幸太郎

と。

琴美も河崎もいなくなったドルジは自分の価値観には収まりきらないほどの感情が押し寄せて、自分でも自分の感情が「分からなくなった」と言っていた。

さらにはこの世界は滅茶苦茶だとも吐いており、ブータンの価値観では説明できない行動をしていたのは確かだと思う。河崎になりすましたドルジの一連の言動からしても、そこには琴美や河崎への想いが当然あったはずである。

クロシバの安否

ちなみに、二年前琴美が勤めていたペットショップから逃げた柴犬のクロシバですが、最後の章で椎名と出会っていました。

目の前の十字路を、可愛らしい柴犬が横切っていくのが見える。黒い柴犬だった。毛並みは良かったけれど、首輪はしていないので、野良犬なのかもしれない。鼻が、向かって右方向に曲がっていて、特徴がある。
出典:アヒルと鴨のコインロッカー 伊坂幸太郎

鼻が曲がっている黒い柴犬、まさしくクロシバであるw

そうそう、忘れてましたが椎名の父親の病状も、彼が大学を退学して実家の靴屋を継いだのかも読者の想像に委ねられていました。

アヒルと鴨

タイトルにも付けられているアヒルと鴨。ここには様々なワードを入れることができます。アヒルと鴨は外国から来た鳥か日本にいる鳥かの違い。

写真で確認するとアヒルと鴨って色合いが全く違うんですが、生物学的には同じらしい。そういえば英語で「duck」はアヒルとも鴨とも訳しますよね。本作では「似ているけどどこか違う」という意味で使用してました。

アヒルと鴨=日本人とブータン人、琴美とドルジ、椎名とドルジ、河崎とドルジなど様々なワードを当てはめることができます。さらには「アヒルと鴨のコインロッカー」のコインロッカーについても触れておきます。

ボブ・ディランの歌声は「神様の声」と評したのは河崎でした。

ボブ・ディランの曲をかけたラジカセをコインロッカーに入れる。そこには代用品でごまかすのが得意なブータン人の如く、ドルジがラジカセを神様の代用としてコインロッカーに閉じ込めることで、悪い行為を見逃してもらおうとした。

ただ一つ気になることがある。

「神様を閉じ込めておけば、悪いことをしてもばれない。そう言ったんだ」
出典:アヒルと鴨のコインロッカー 伊坂幸太郎

悪いことを「しても」と、これからする悪いことを神様にバれないようにするというニュアンスになる、いままでおこなった悪いこと、つまり本屋襲撃には効果がないのである。

ドルジがおこなった儀式は、琴美から教えてもらったもので、コインロッカーには琴美と河崎とドルジが動物園で撮った写真も入れていたことから、明らかに本屋襲撃の罪に対する儀式なのだが、やっていることがチグハグなのでは?と思ってしまった。

アヒルと鴨のコインロッカーまとめ

というわけで、今までいろいろ調査&考察をしてきましたが、ミステリ作品としては心理描写が複雑で参りました。心情は読者によって受け取り方が違いますので、断定は避けたつもりです。

それはともかく、この作品の完成度はすこぶる高い。細かなツッコミもありますが、叙述トリックにおいては根拠もありますし、読者に対してフェアでした。読んで損なし!

▼映画版についても書いてます

アヒルと鴨のコインロッカー 伊坂幸太郎
紙の本の長さ: 384 ページ
出版社: 東京創元社 (2006/12/22)
言語: 日本語
ASIN: B008CAG0I6

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