2000年代の出版ながら、舞台は80年代。さらに叙述トリックを使用しているものの、ジャンルは恋愛小説と一風変わった作品。
作者の名前は乾くるみ、と一見女性的な名前に思えますが男性。ストーリーを読むと「なるほどね」となんとなく理解できたw
ミステリ小説ならトリックに重きを置くため、登場人物の心情が多少強引でも問題ないんですが、恋愛小説はどうか気になるところ。

本作の叙述トリック
まずは、イニシエーションラブの叙述トリックがどんなものだったのかを考えていきます。
サイドAのたっくんと、サイドBのたっくんは別人であり、サイドAの鈴木は鈴木夕樹、サイドBの鈴木は鈴木辰也でした。
- サイドA:鈴木夕樹(ゆうき)
- サイドB:鈴木辰也(たつや)

また、両サイドの「たっくん」を同一人物に見せかけるため、別々の時系列を描いていると読者に錯覚させていました。
- 両サイドの鈴木を同一に思わせていたが実は別々の人間
- AとBが別々の時系列だと思わせていたが実は同じ時系列
サイドA 鈴木夕樹の場合
サイドAに登場する鈴木は、みんなとワイワイできない真面目タイプ。女性への免疫がほぼなく、大学4年にしていまだ童貞。
大学では数学科(恐らく静岡大学)を専攻、富士通に内定。服装には無頓着で、初デートにリクルートスーツできたほど。

繭子(まゆこ)と付き合いだしてから見た目も意識するようになってく。そして、息子がデカイという設定w
物静かなタイプで、一見賢いことを言っているように見えるが、思考と行動がともなっておらず、とくに恋愛関係は本能全開。
合コンで出会った相手などとカンタンに付き合えてしまえるような、そんな性格の軽い女とは、僕のほうが付き合いたくないのだ
出典:イニシエーションラブ 乾くるみ

さらに繭子の行動のすべてを好意的に受け取り、彼女の違和感アリアリな行動に、一ミリも疑うことはなかった。
問題は彼の言動に無理があったこと。読者が理解に苦しむ行動も見受けられ、トリックありきの設定箇所がチラホラ。
たとえばこのシーン
僕の場合には、男女の付き合いは秘密にしておくのが当然というような感覚があって
出典:イニシエーションラブ 乾くるみ
80年代なら理解できたであろうこの感覚も、今の感覚ではワケワカメ。読者が「なんで隠すの」と感じたならば、もう付いていけない。

夕樹のセックスに対する価値観も今ではレア、セックス=結婚しなきゃいけない、も80年代ならではの心情かなと。
共感できる世代は限られてくるため、好き嫌い(というか理解できるかどうか)がはっきりと分かれる作品ともいえます。
彼女の体に二度と消せない烙印を押し付けることになり、結果として、僕の側には彼女の一生を請け負うだけの、また彼女の側でも僕に一生を預けるという、それだけの覚悟が事前に必要な行為なのである
出典:イニシエーションラブ 乾くるみ
重いな鈴木、この一言につきるw
ちなみにセックスに対してこんなにも古風な価値観を持ってるのに、サイドBで急にハジけること自体おかしいだろ!!と、思ってしまう。
二人の関係で言えば、僕のほうが常に彼女をリードするような形で、これからは過ごしていってほしいというような感じで。これからは僕がリードしていく・・・
出典:イニシエーションラブ 乾くるみ
とはいえ、サイドAでも彼女をリードしてく宣言もあり、サイドBの鈴木の言動とも一致させようと一応はしていた。
サイドB 鈴木辰也の場合
サイドBの鈴木辰也は服装に気を使い、女性が苦手という印象はない。出身は福井で、物理学科で流動力学を専攻。酒グセが悪く、男女関係なく手を出す暴力男といた印象。

繭子に暴力を振るい酒を飲むと暴れ出す。自分の感情を抑えられず、処理しきれない怒りのはけ口が暴力になる。そんな人物に読めます。
この前のカラオケでははっちゃけてましたけど。もう一度あれが見たいな。なんちゃって。飲んでくださいよ
出典:イニシエーションラブ 乾くるみ
酔い方を比べても、サイドA・Bで別人なのが分かります。学生から社会人になったからといって、性格なんてそうそう変わらない。
少なくとも、サイドAの鈴木夕樹は、周囲に迷惑をかける酔い方はしないのは、繭子のセリフから明らか。一方、サイドBの鈴木辰也はというと、酒グセが悪く暴れるほど。
工場研修の飲み会のときには、僕自身は憶えていないのだが、どうやら酒に酔って暴れてしまったらしい
出典:イニシエーションラブ 乾くるみ

サイドAの鈴木夕樹は息子こそデカかったが、暴力性は微塵も感じなかった。けど、サイドBの鈴木辰也になると、急に凶暴性が垣間見える。
酒が入れば暴力、嫌なことがあれば暴力、彼女との喧嘩で暴力と、沸点が低いのかすぐ手が出てしまうのです。
その他の伏線
ここまでは二人の性格や言動について見てきましたが、ここからはより細かい伏線について考察・検証していきます!
男女7人物語
まずは、男女7人物語による時系列トリック。明石家さんまと大竹しのぶが結婚するきっかけとなったドラマとしても有名な、元祖トレンディドラマ。
男女7人物語は夏物語と秋物語が放送され、夏物語が放送されたのは1986年7月、秋物語は翌年の1987年10月にTBS系で放送。
放送日チェックドラマタイトル | 放送時期 |
男女7人夏物語 | 1986年 |
男女7人秋物語 | 1987年 |
サイドAでは時系列トリックがバレないように、話題には出るものの、セリフの中では男女7人物語と秋物語か冬物語かの断定をさけていた。
ねえねえ、昨日の『男女7人』見た?
出典:イニシエーションラブ 乾くるみ
サイドAの時系列は1986年の7月から12月までの6か月間を描いていたようです。学生が一流ホテルでディナー、バブリーな時代w
サイドBはサイドAと比較しながら時系列が徐々に明らかになっていきます。終盤では男女7人夏(または秋)物語と表記、伏線が回収されていった。
一人称
サイドAでは「僕」ですが、サイドBでは「俺」の表記が目立ちます。別人の根拠と思いきや、サイドAで根拠となる箇所は描かれています。
ほら、たっくんのほうが私よりも二つ上なわけじゃない。だから『僕』っていわれるよりも、今みたいに『俺』って言われたほうが、何となく頼もしいっていうのかな?男らしいって感じがして
出典:イニシエーションラブ 乾くるみ
学生から社会人になったことで、俺と呼ぶように心がけたのなら、「俺」一人称からサイドBが別人という結論は難しい。
仕事について
サイドAでは富士通に内定ですが、サイドBでは慶徳ギフトに入社していました。これもサイドBに根拠となる箇所がありました。
内定を貰っていた大企業を蹴ってまで、わざわざ静岡の会社を選んで入ったというのに・・・。僕はこっそりと溜息を吐く
出典:イニシエーションラブ 乾くるみ
彼女のために就職先を変えるのは、現実的ではないものの、鈴木にとっては繭子はそれだけ、魅力的な女性だったのでしょう。
ちなみに、サイドBの鈴木辰也は大学でコンピューターを使用、ブラインドタッチを自慢していましたが、同じく数学科出身のサイドAの鈴木夕樹にも当てはまることから、同一人物感を出していた。
水着
サイドBでは鈴木辰也と伊勢丹にデートのときに見つけた水着を購入しており、辰也に新しい水着について話していました。
問題は新しい水着ではなく、去年買ったという水着の描写。
去年の水着は背中が大きく開いていて、肩紐を首の裏側で結ぶタイプのやつだった。(中略)色は城で、この肌と同じ白の生地に、そう、カラフルな花柄模様が入ったやつだった。
出典:イニシエーションラブ 乾くるみ
花柄の白い水着、、、これってサイドAで海水浴にいったとき繭子が着ていた水着です。
成岡さんはワンピースの水着を着ていた。白地にカラフルな花模様があしらわれたデザインで、彼女にとても似合っていた。
出典:イニシエーションラブ 乾くるみ
成岡さんというのは、繭子の苗字ですが、白地にカラフルな花模様のワンピースの水着を海水浴場で着ていました。
ホテルの予約
サイドAの鈴木夕樹は、クリスマスイブが迫る10月になって、奇跡的に高級レストランの予約ができましたが、サイドBにて理由が語られています。
十月も半ばになってから、僕はクリスマスイブに静岡ターミナルホテルの予約を取っていたことを思い出した。スカイレストランでのディナーと、ダブルルームで一泊という予約である。その二つを合わせて、キャンセル料は三千円ほどかかった。
出典:イニシエーションラブ 乾くるみ
これはサイドBの鈴木夕樹のものですが、このあとのセリフで「今年のイブは木曜日でどのみちキャンセルするしかない」とあります。
サイドAで繭子がデートの日を木曜日に変更しようと言ったのは、サイドBの鈴木辰也の仕事の都合であったと推測できます。
ちなみに、サイドAの鈴木夕樹がホテルの予約が取れたと繭子に伝えたとき、「失恋したカップルがいたのね」というセリフから、キャンセルしたのが誰なのか感づいていた可能性は高い。
本
本の貸し借りはサイドAのみの登場ですが、サイドBでも伏線として登場します。
まず、四回目のデートで鈴木夕樹が貸した本は「出たばかりの新刊」とだけ説明されており、タイトルはこの時点で不明でした。
僕が金曜日に貸した『十角館の殺人』が栞(しおり)を挟んだ状態で置かれている
出典:イニシエーションラブ 乾くるみ
その後、鈴木夕樹が繭子の部屋に行った際に、新刊とは「十角館の殺人」であると判明します。
十角館の殺人は1987年に発表された綾辻行人のデビュー作、叙述トリックを代表するミステリ作品です。

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叙述トリックを駆使した綾辻行人の「十角館の殺人」を解剖
1987年に出版された『十角館の殺人』。当時ミステリ史上最大の驚愕を読者にもたらしたとされる綾辻作品を今回取り上げていきます ...
ほかにも、繭子の部屋には「アインシュタインの世界」という本もあり、サイドBで繭子が鈴木辰也にニュートンもアインシュタインも区別もつかないことを馬鹿にされた過去エピがあり、それがきっかけで読んだと思われます。
また、本の貸し借りで言えば、サイドAとサイドBの時系列が同じであるヒントも描かれています。それが数冊のハードカバーの描写。
サイドAのデート初日で、お互い本の貸し借りの約束をしますが、このとき繭子にすすめたのは「乱れからくり」「11枚のとらんぷ」「迷蝶の島」のハードカバー。
繭子がハードカバーを返したときは、「便秘」という嘘の理由を知ったデートでのことでした。実際には繭子は中絶手術をしていました。
カラーボックスの上に積まれていたハードカバーの本の山に目をつけると、「何だよこれは」と手で床に払い落とした。
出典:イニシエーションラブ 乾くるみ
繭子の妊娠に憤った鈴木辰也が、近くにあった本に八つ当たりしますが、これらの本の正体はサイドAで鈴木夕樹から借りた本でした。
繭子のタバコ
サイドAで、繭子がタバコを吸うシーンと吸わないシーンの両方が描かれていましたが、赤ちゃんのことを思ってタバコを控えていたかどうかは解釈が難しいところ。
「え?・・・ってことは、七月が・・・(生理)来なかったってこと?一回だけ?」
出典:イニシエーションラブ 乾くるみ
と生理が来ないこないことをサイドBの鈴木辰也に話しています。ただ、8月に入ってサイドAの鈴木夕樹らと海水浴場に行ってましたが、そこでガッツリタバコを吸っていた。
たしかに鈴木夕樹との初デートのときにはタバコは喫わないと拒否していたので、体のことを考えてるとも思えたが、8月に妊娠三ヶ月であることが発覚してるわけだから、海水浴場でタバコを吸っていたのは明らかに母親として失格でしょう。

そもそも、繭子の心理描写がこの作品では少なすぎる。二股かけてる男に同じあだ名つけて、しかも自分の子どもをおろした後でさえ何の躊躇もなくあだ名で呼び続ける。
繭子の心情をおざなりにしすぎ。これも叙述トリックの弊害。ミステリ小説なら気にしない部分も、恋愛小説となると気になる部分。
ルビーの指輪と繭子の性格
ルビーの指輪にしても繭子の言動は胸クソ悪い。サイドAでは自分のご褒美に購入したとのことだが、サイドBの鈴木辰也との会話で、実は彼からのプレゼントだと判明する。
「たっくん・・・。あの話、憶えててくれたんだ」マユの視線は僕と指輪の間を何度も行き来している。
「当然」と僕は答える。
「これ、ルビーでしょ?私知ってるけど、高かったでしょ?」と泣き笑いの表情になる。
出典:イニシエーションラブ 乾くるみ
また、「あの話、覚えててくれた」とは、「私の誕生石はルビー」のこと。サイドAでの合コンで繭子は、ルビーの指輪は自分のご褒美で購入したと言っていたあのセリフだ。
ここから分かるのは、この話はどうやら繭子の鉄板ネタらしい。ターゲッティングした男に必ず言うおねだり戦略のようなものなのか。
はじめから、繭子のあれもこれもそれも、みんなぜんぶがウソだらけ。浮気を平気でする猫かぶりメンヘラ女が繭子の正体だった。
ただマユの場合は、ほら、普通とか常識とかって言葉が通用しないから
出典:イニシエーションラブ 乾くるみ
友人からはズレた女性として見られていた繭子。たしかに、常識も倫理感もズレズレ。ただ、繭子の心情描写が少なすぎなのは残念でした。
表示、あるいはタイトルなど
サイドAとサイドBの各章のタイトルは当時流行っていた曲のタイトルなんだとか、その曲にあった内容が書かれています。
表紙にはタロットカードが描かれていますが、これも叙述トリックの一つ。「ザ・ラバーズ」という名前のカード。
タロットカードは正位置と逆位置で意味が違い、正位置は楽しい、無邪気といった意味で、逆位置は遊び半分、その場限りといった意味。
またザ・ラバーズという英語にも、恋人同士という意味の他、愛人同士という意味もあり、この作品に登場する人物たちを暗示しているカードが表紙に描かれてます。
イニシエーションラブまとめ
恋愛ストーリながら、叙述トリックを採用した珍しい作品でしたが、伏線はこれでもかと盛り込まれており、比較的分かりやすい叙述トリックだったとも言えます。

そして、どうしてもいいたいのが、サイドAの鈴木夕樹の絶倫さですwこれは触れないわけでにはいかんでしょう!
噴出は間欠的に続いたが、五度目でようやく勢いを失い、間を置いてから襲ってきた六度目の快感時には、それは先端から垂れ落ちるだけとなった。
出典:イニシエーションラブ 乾くるみ
五回も射精することに驚かされたw
六発目の発射も空撃ちに終わったけどイったわけ、しかも、それでも息子はギンギンのままって、怪物じゃねーかよッ!
それが一番印象的でした、まる